幕間~女と女の会話~
「どうなってるのかしら、この湖……」
「というよりは、森とかも含めたここらを構成する全てじゃないですかねぇ」
アオイがそれなりに大きい魚捕獲用の魚籠を抱えて歩き、アシュリーがポイントを決めて仕掛けていくという作業を終えて。
かれこれ仕掛けた数は五つ。トールとアオイがどうにか作った物である。
「見たことない巻貝、それに虫も増えている」
「一応何匹か殺して保管していますので、トールさんが戻ってきたら見てもらいましょうよぉ」
「……あんまり素手で触っちゃダメよ? 毒持ちの可能性だってあるんだから。虫だけじゃない。貝もね?」
「はぁい♪」
また同時に、その虫は仕掛けた罠の中に餌として入れられている。餌になるかどうかは分からないが、適当な野草や木の実よりかは可能性が高いとアシュリーが判断したのだ。
「……ねぇ、アオイちゃん」
「なんですかぁ?」
「貴女は、これからどうしたいの?」
「ん? すみません、質問の意味がよく分かりませんねぇ」
首をキョトンと可愛らしくかしげて見せるアオイに、だがアシュリーは一切油断をしなかった。
自分よりも強いと分かっている獣を前に油断する馬鹿がどこにいるというのか。
「目的……といえばいいかしら? 例えば、帰る方法を探すとか、仲間を探すとか」
「……出来ればここで、トールさんと一緒にのんびり過ごしていたいんですけどねぇ」
そして、これがアシュリーという工作員がもっともアオイを警戒する理由だった。
敵であるゲイリーは対して気にしていなかったようだが、人に取り入るプロであるアシュリーからすればこのアオイという少女は理解の外にある存在だった。
なぜ、この少女はトールという平凡な少年にこれほどまでに心を許すのか。
この少女が、他人を信じるタイプには見えない。
自分に不利益をもたらす人間を躊躇わずに斬り、それを他の人間に隠すように擬態をすることが『出来る』人間は間違いなく善人からは程遠い人間だろう。
「……貴女は随分とトール君を信頼しているようだけど……どうして?」
「だってあの人、頭空っぽで付き合える人じゃないですかぁ♪」
だからこそのアシュリーの問いかけだったが、帰って来たのは酷い回答だった。
「……聞いたらトール君、多分泣くわよ」
「えぇ、そうなんですか!? 私的には渾身の褒め言葉なんですけど!?」
心の底から驚愕しているアオイに、自分達のリーダーが彼女の跳ねた髪を掴んで頭を左右に揺らす光景がまた見られる事をアシュリーは確信した。
もっとも、このとぼけた少女は彼からイジられるのをむしろ気に入っているようだ。
ひょっとしたら今の言葉も、機会があればまんまトールにぶん投げるかもしれない。
「言葉に裏がないわけではないですけど、基本的に自分の意見よりも場を大事にしたいタイプですし、それに足元を崩すような人じゃないのはこれまでの関わりでよく分かってますしぃ……」
なぜかモジモジしながらそう言うアオイの言葉に、アシュリーは一応同意する。
確かに、多少口にしていない事はあるだろうが基本的にトールという少年は正直である。
「衣服の様子から結構良い所の出だと言う事は分かっていたので、人柄次第では媚び売ろうとしていた所に不意打ちされましたからねぇ……おかげで見極めにちょっと時間かかっちゃいましたぁ」
ふと、この少女に手を出そうとして斬られた声も顔も知らない男の事を思い出した。
「ちなみに、トール君がもし、その……酷い男の子だったらどうしてたの?」
「斬り殺すに決まってるじゃないですかぁ♪ ついでに使えそうな物全部剥ぎ取るつもりでしたぁ♪」
「……それ、トール君に言っちゃダメよ? 分かってると思うけど」
あっさりノリでバラしかねない所があると見て、アシュリーはそうアオイに忠告する。
アオイはモジモジニコニコしたまま、
「まぁ今の事は言うつもりはありませんけど、別に言ってもいいかなぁ~って思ってるんですよぉ」
「……あの平和な環境で育った子に? 頭大丈夫?」
割と素で尋ねるアシュリーに、アオイは「はい!」と良い返事を返す。
「多分、言ってもあの人は変わりませんよぉ♪ あの人、そういう人ですから」
「……これを信用とか信頼と言っていいのかしら」
一度ゲイリーと話し合った時に、ゲイリーが言いにくそうにしていたのをアシュリーは思い出していた。
「なるほど。アイツが言っていたのはこういう事なのね……」
どうやらアオイはトールに対して一定の信頼を置いているようだ。いや、信頼というより――
(懐いているのかしら?)
アオイという少女が、ここにいる面子の中でも最も危険だという事には変わりない。
本気で殺すつもりであの刀を振るわれたら、心得を一切持たないトールはもちろん、碌な獲物を持っていないゲイリーやアシュリーも殺されるだろう。
ゲイリーと二人がかりでどうにか勝ちの目が僅かに見える。
アシュリーは目の前の少女をそう見積もっていた。
だが、トールの前では。あの少年の前では、彼女が持つプレッシャーは成りを潜め、少々物騒なだけの間の抜けた少女を装うのだ。
「……よく分からないわね、貴女」
「私からすれば、もっとよく分からない存在がいるんですけどねぇ……」
「へぇ? 誰の事かしら? アタシ? それともゲイリー?」
この狂犬からすればほとんどの人間は理解の外にあるのではないかと思うアシュリーは、上手い事それを隠して微笑を浮かべる。
「あ~~、その前に。アシュリーさんは、ゲイリーさんとは敵対していたんですよね?」
「え? えぇ、そうよ」
「工作員って言う事は当然ゲイリーさんの事は調べ上げていますよね? 徹底的に」
「……えぇ、まぁ。完全にとは言わないけど……それがどうかしたのかしら?」
ゲイリーに関して何か気付いたことがあるのだろうか。
アシュリーは、少々アオイの視点からみたゲイリーという存在に興味を抱いた。
状況次第では、ゲイリーという貴族はいつ敵になってもおかしくない存在なのだ。
「――あの人、どういう理由でずっと男の振りを続けているんですか? 女性ですよね? 念のために今までトールさんの前では黙ってましたけど……」
「………………なんですって?」
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