幕間~嘘付きと嘘付きによる狩り~
「……これは、さすがに予想外だったな」
「ですねぇ」
久しぶりの野草だけの朝食を取った後、トール達と別れたアオイとゲイリーは獣用の罠を確認しに行っていた。
アオイの腰にはいつもの刀が、そしてゲイリーの腰には手製の石斧とナタがぶら下がっている。
「まさか、早速獲物がかかっているとは思わなかった」
「野豚さんはちょっと臭みがあるけど美味しいんですよねぇ♪」
「お前が知っている野豚ならな……。まぁ、トールに鑑定してもらうまでは待った方がいいが、食事には期待できるな」
そして、ゲイリーの石斧と、アオイの刀はそれぞれ少し血で汚れていた。
アオイに至っては、着物の袖の部分にがっつり血が付いている。
「でも、血を捨てちゃうのはもったいなくないですかぁ?」
そして罠にかかっていた豚――ゲイリーに殴り殺され、適当に逆さ吊りにされた上にアオイに首を搔っ捌かれた獲物は、その下に掘られたそこそこ深い穴に赤い液体を満たしていた。
「持ち帰る容器がないし仕方がないだろう」
「ぶぅ……骨と野草で美味しいスープになりそうなのに……」
「肉だけで満足してくれ。というか、満足だろう?」
「まぁ、そうですけど……やっぱりもっと良い物食べたくなるじゃないですかぁ」
「……………………気持ちは分かる」
実際、ゲイリーも同じ気持ちではあった。
娯楽というか、気の紛らわし方が実質食事と会話くらいしかないのだ。
朝起きてそれぞれの作業に出発し、昼は黙々仕事をし、帰って来てから食事を取って、それぞれで談話をしながら道具を作ったり紐を組んだりするというのが日々のローテーションとなりつつある。
これはこれである意味充実しているのだが、その分食欲などに対する欲求が日々強まっているのは感じる。――恐らく、誰もが。
「とりあえず、血が抜けるのを待つか……」
「ですねぇ。その間暇ですし、ちょっとお話しませんか?」
「……罠を仕掛け直しながらなら、構わない」
相も変わらず能天気な様子で声をかけるアオイに、ゲイリーは眉をひそめ、
「てっきり、お前には警戒されているとばかり思っていたのだがな……」
「警戒? なんでですか?」
「……先日、お前に対して色々言っただろう」
「なにかしようとするつもりがない人相手に、どうして余計な労力を割かなきゃいけないんですかぁ?」
挑発とも取れる言葉に、ゲイリーはピクリと手を止める。
「……どういう意味だ」
「そのまんまの意味ですよぉ。基本的にアナタ、何かを決める事が億劫なんでしょう?」
「…………」
「トールさんを私達の一番上にした理由。アレも嘘ではなかったんでしょうけど……本心は別の所にあったんじゃないですかぁ? 責任を負うのは怖いけど、口は出したい――みたいな?」
「…………」
じっとアオイの言葉に耳を傾けながら、まるでそれが耳に入っていない様に紐を結び直し、罠を仕掛け直している。
「いやぁ、これまでずっと貴方を見てきたんですけど、どうにもなんと言うか……貴族、というか領主らしくないんですよね。あくまで私から見ての話ですけど」
「俺のどこがどう領主らしくないと?」
領主らしくない。
そう言われたゲイリーは思わずアオイに問い返す。だがアオイは、どこ吹く風とばかりにそれを流し、
「傲慢さが圧倒的に足りてませぇん♪」
「……傲慢な領主で、民が納得するものか――」
「しますよ」
ポツリと呟くようにそう言うゲイリーの言葉を、アオイは一蹴する。
「正確には、傲慢な所を見せて多かれ少なかれ恐れを抱かせないと誰も付いてきませんよ。ほら、かなりまともで公正なトールさんをトップにしていても、私達は結局自分達の目的のために彼を利用しようとしているじゃないですか」
ゲイリーの目が、泳ぐ。
「アシュリーさんは、もし自分の仲間が同じように飛ばされていた時にトールさんを自分側に肩入れさせようと色々画策していますし、貴方も似たような事を考えていますよね?」
「……そういうお前は、どうなんだ?」
「はい?」
「トールと共にここでの生活を続けたい。そう言っていたな?」
「えぇ、『今は』嘘じゃありません♪」
「……あえて彼の名前を間違えたまま呼び続けているのは、ある種の布石か?」
「はい! いやぁ、今となっては後悔しなくもないんですけどぉ、元々持っている名前を奪うのってコントロールの基本中の基本ですのでぇ♪ 囚人とか奴隷とかぁ♪」
今までと全く違う環境に放り込まれただろう状況で、あえてトール――いや、トオルの名前を聞き間違えた振りをしたのは、アオイの意図的な物だった。
「そもそもぉ、薄々気付いていながら放置しているお二人には言われたくないですぅ」
「……いつ、どう切り出せばいいか迷っていただけだ」
苦々しげにそう呟くゲイリーに、アオイは『またまたぁ♪』と手をひらひらさせる。
ゲイリーは軽く舌打ちしてジロリとアオイを睨み、
「アイツは……アシュリーは?」
「あの人こそあからさまじゃないですかぁ♪ 貴方とは違うアプローチでトールさんを――スキルなんて便利な物を持つ『装備品』を絡め取るつもりでしょうねぇ」
「……スキル欄にあった魔法の取得に嫌悪している『振り』をしているのは……」
「いざ自陣営の人間が現れてトールさんと関わった時に、余計なイザコザが起こる可能性を減らすためじゃないでしょうか?」
「……じゃあ、お前が妙にトールのスキル取得で魔法を押していたのは……それを見越しての事だったのか!?」
その可能性を思いつき、ゲイリーは目を見開いてアオイを見つめ――
「いいえぇ? 普通に面白そうだったからですぅ♪」
自分の馬鹿さ加減に頭を抱えた。
そうだ、アオイという女はそんな殊勝な女でない事は、共に過ごしてきた人間にとって共通する確定事項だった。
「それより、私は今貴方の方に興味があるんですけど」
「俺に?」
「はい♪」
「どうして男の振りをしているんですか?」
次の瞬間、ズボンの裾からゲイリーはある物を抜き放つ。
最後に交戦した敵――アシュリーがかつて手にしていたナイフを。
特殊な合金で作られた、非常に軽く、固く、そして鋭いソレ。
だが次の瞬間、甲高い金属音と共にそれはゲイリーの手から弾け飛び、クルクルと回転しながら宙に舞い、吊るされている野豚のすぐ横の地面に突き刺さった。
「あはっ、やっぱり隠し持っていたんですねぇ。たまに歩く時の重心がわずかに変わるから変だと思っていたんですぅ♪」
対してアオイの方の手には、いつの間に抜いたのか刀が握られていた。
装備の性能としては完全に負けているその得物で、アオイは高い技量を持って見事に打ち払った。
「駄目じゃないですかぁ、こういう便利な物は皆で共有しないと。トールさんを見習って下さぁい♪」
自然な様子で刀をぶらりと下げるアオイだが、その目はいつもと違い瞳から光が消え、どこを見ているか分からないような虚ろな目をゲイリーに向けていた。
「……いつ、俺が――僕が女だと……っ」
「お忘れですか? 貴方を……えぇ、貴女を助けたのか誰だったのか」
「――最初っからか……」
一番信頼できる得物を失い、代わりに石斧を握るゲイリーだが勝ち目がない事は彼――いや、彼女が一番知っていた。
しばし対峙していたが、唐突に力が抜けたように膝を付く。
「はい、おしまいですね♪ じゃあ、教えてくれますかぁ?」
「面白くもなんともない話だぞ……っ」
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