幕間 ~剣士と貴族の会話~
トールが新しく入った二人の女性と出発して、さほど時間は立っていない。
まるで背を向かい合わせるかのように、上流の方へと足を向けるアオイとゲイリーは、無言のまま足を進めていた。
「そんなにショックだったんですかぁ?」
その無言に耐えられなくなったのか、アオイが口を開く。
「自分よりもトールさんの方が、統率者として適任だった事が」
そして、ゲイリーの足が一瞬止まる。
「そんな……っ! いや……そう、じゃない」
「そうですかぁ♪」
アオイは全く気にせず、足取りを緩めない。
少し前にもあった光景と全く同じだった。
「まぁ、別にいいですけど……あぁ、そうだゲイリーさん」
「なんだ?」
「この森、本当に私達以外にいないと思いますか?」
「…………」
唐突なアオイの質問に、ゲイリーは表情が少しだけ固く――ある意味いつもの顔に戻る。
「トールと共に行動して、野草などの詳細を説明してくれる時があるが……」
「私やゲイリーさん、アシュリーさん達も知らない物がたくさんありますよね」
「少なくとも魔術師にとって樹木は大切な物だ。当然知識は叩きこまれている。葉の一枚でもある程度は見分けられる。が、知らない物がやはり多い。つまり、違う世界の物だ」
「でしょうねぇ。それに文字。トールさん、いくつか名前が読めないって言っている物がありましたよね」
「実際、そういう物は俺達も見た事がないものばかりだった」
植物、魚、動物、虫。
例えば、今分かっている三つの『世界』の出身者の誰かが、『近い物』を知っているが、それでも違うという物は多く発見されている。
先日も、アシュリーが見つけた肉が臭くて不味かったという動物のスケッチを見たトールが『これ、やっぱり俺の世界の動物に似てる……気がするんだよなぁ』と言っていた。
「他の世界の人間が来ていたとして、違う場所でコミュニティを築いている可能性って、結構高いと私は思うんですよぉ」
「……魔術師や、あるいは科学側の連中がすでに集団として機能している、という可能性も当然……だな?」
「はい♪ それか、意外と私達みたいに同じ集団に入っていたり……また違う世界の出身者が頭になっていたり……」
まぁ、可能性の話ですけどぉ。
笑いながらそういうアオイに、ゲイリーは眉をひそめて顎に手を添える。
「まぁ、この近辺にいないのは間違いないでしょう。もし誰かいたとすれば、そもそも接触せずにはいられないでしょうし」
「なぜだ?」
「もう気付いているでしょう?」
アオイは、ひょいっとかがみ込むと、手で河原の石をどける。
すると、その石と地面の隙間に隠れていた枯れ葉のような色の虫がぴょーんと飛び出し、草むらの中へと逃げていく。
少し前まで気配すらなかった虫が、今ではこうして珍しく無くなっている。
「植物に関してはよく分かりませんが、虫に魚、動物――移動が可能な生き物は、多分トールさんを中心にして現れています」
「…………あのスマホとやらではなくて?」
「まぁ、その可能性も確かにありますねぇ。でも、どちらにせよ同じでしょう? トールさんの傍にいれば食べられる生き物がほいほい出てきてくれるんですからぁ」
比較的緩やかな流れの川面には、数匹の魚が群れで泳いでいるのが見える。
空を仰げば鳥が舞い、地面には小さな黒いアリが、餌を求めてうろうろしている。
こちらに来たばかりの時は、生命の気配など皆無だったのに。
「トールさんは、食糧が取れるこの近辺から動く事に少し恐れを抱いているみたいですけどぉ。多分、またトールさんが新しい拠点を開けば、その近辺にはまた少しずつ動物が増えていくと思うんですよねぇ」
「あぁ、俺もほぼ同意だ。だが、危険生物が寄ってくる可能性は?」
「ん~~、中心点がスマホなのか、トールさんなのかでそこらはちょっと変わってくると思うんですけど……まぁ、今度拠点を作る時は、柵なんかの設置も提案しておきましょうかぁ」
一応、肉食獣の可能性は以前にゲイリーが示唆していた。
そのためにトイレや食糧庫といった、そういう物を呼びよせる臭いは発する物はすべて離れた場所に作る事にはしているが……調理の際にでる臭いや自身の体臭などは、どうしても獣に存在を知らせてしまう。
「……これから、俺たちはどうなるんだろうな」
「? 帰る手段を見つけるのでしょう?
「あぁ。だが……」
背中に持っている弓。おそらく、今ある武器の中ではかなり協力だが、まだ一度も使い所ない――まぁ、作られてさほど時間が立っていないのだから当然だが――武器を手に持ち、だが矢をつがえずに手で弄ぶ。
「今、こうして集団の中での生活でも役割が減って、あげくあの女に隙を見せて利用される始末……。正直、トールと話す時にどんな顔をすればいいのか分からないんだ」
「女である事を隠してる時点で、それ大したことじゃないと思うんですけどねぇ。まぁ、分からなくもないですけど――あ、リスさんかかってます」
とある茂みの近くに立てられた目印の棒。
その付近を覗き込んだアオイは、しばしガソゴソと作業をして兎程の大きさの動物を首根っこを持ちあげる。
いつも世話になっている黒リスだ。普段のものよりもやや大きめだが。
「……ゲイリーさん」
「なんだ?」
「これ、生かしたまま持って帰りませんか?」
いつもならとっくに頭を石で殴って殺しているアオイの珍しい発言に、ゲイリーは首をかしげるが――
「トール達が帰ってくるまで取っておくのか?」
「えぇ♪ 干し肉にするのもありですけど、新鮮なお肉を煮込んだ方がいいかと思いましてぇ♪」
最初はバタバタ暴れていた黒リスだが、動物の扱いに慣れているのか、アオイがある程度撫でたりくすぐったりしていると、とうとうアオイの腕の中で大人しくなる黒リス。
今自分を抱いている生き物が捕食者だと気付いていないのだろう。
「……まぁ、それもそうか。自分がいない間に黒リスのスープを飲んだと聞いたら、本気で悔しがりそうだ」
「ですよぉ♪ トールさん、食べ物に関しては安全性にも味にも拘る方なのでぇ♪」
「水の細かい臭いも気になっていたようだしな。うん、確かにそうだ。アオイがそのまま抱きかかえていいか?」
「はい、お任せください! その代わり、他に獲物がかかっていた時はちょっと色々仕事押し付けちゃって構いませんかぁ? この子逃がしたら、私も悔しくて悔しくてたまらないでしょうからぁ♪」
「ふっ、俺もだ。あぁ、任せろ。鹿程度なら、一応俺一人でも処理や運搬は出来るさ」
そう言って、ツタを編んで作った矢筒から矢を取り出したゲイリーは、気持ちを持ち直したのか幾分か明るくなった表情で、もし獲物が出たら仕留めるという気持ちで辺りへの警戒を始めるのだった。
「ふぅ。まったくもぅ、世話の焼ける人ですねぇ……」
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