第6話
「はっ」
そうして私は意識を取り戻す。いつも見ていた自分の部屋だ。鏡で自分の姿を見てみると、やはり小学生のころの私だ。どうやら無事に戻れたようだ。そうだ、忘れないうちに試験問題をメモしないと。
「これでよしっと」
ところどころ忘れてしまっている部分もあるものの、ほとんどの問題と答えを書き写すことができた。そうこうしているうちに時間は過ぎていたようでいつの間にか部屋の外からお姉ちゃんの声が聞こえた。
「華~、起きてる? というか居るわよね? とにかく入るわよ。」
やばい。もうそんな時間になっていたのか。このメモを見られるとまずい。とりあえず机の引き出しに隠しておこう。
「あ、おはよう、お姉ちゃん」
「なんだ、もう起きていたんじゃない。早く来ないと遅刻しちゃうわよ」
「う、うん。すぐ行くよ」
お姉ちゃんに促され慌てて支度を始める。もう少し思い出せていないところがあるから、また時間があるときに考えよう。朝食を急いで食べ終え、準備をする。
「ごめん、お姉ちゃん。お待たせ」
「ホントよ。ほら早くしないと遅れちゃうわ。行きましょう」
「う、うん。じゃあ、お母さん行ってきます」
「私も行ってきます」
「はい、いってらっしゃい」
そうして二人で家を出る。いつもより遅れて家を出たため少し急ぎ目に歩く。そうしていると、急にお姉ちゃんが立ち止まる。手をつないでいた私も引っ張られるようにして歩みを止める。
「どうしたの? 早くしないと遅れちゃうよ」
「ねえ、華。最近何か悩んでいることとか困っていることある? 中学受験とか人間関係とかさ」
真剣な顔をしてお姉ちゃんがそう聞いてくる。不安が顔に出ていただろうか? でも今回は大丈夫、大丈夫なはず。それにお姉ちゃんに相談できることは何もないし。
「もう何? お姉ちゃん。何もないから。ほら、早く行こうよ」
そう言ってお姉ちゃんの手を引っ張る。それでもお姉ちゃんは動こうとしない。
「ホントに遅れちゃうよ?」
そろそろ焦らないといけない時間だ。そんなことは分かっているだろうにお姉ちゃんは私の手を固く握ったまま一向に動こうとしない。
「ねえ、本当に何もないの? ほんの些細なことでもいいの。」
「だからないって言ってるでしょ。何なの? もういいから行くよ」
頑なに動こうとしないお姉ちゃんを無理やり引っ張って前に進む。歩き始めた後も何かぶつぶつと話していた気がするが焦っていたので気にしないことにした。
学校に着いてお姉ちゃんと別れ、それぞれのクラスに向かう。急いだおかげで幸いにも遅れることはなかった。間に合ったことに安心したものの、そうするとなぜお姉ちゃんは急に変なことを聞いてきたのかが気になってきた。まあどうせ今日起きるのが遅かったからお姉ちゃんに心配されただけだろう。お姉ちゃんが私の心の機微に気づくわけがないし。
そうと結論づけたらさっそく書き出せていなかった部分を何とかして思い出そう。そうして、私は授業中だということも忘れて思い出すのに必死になっていた。途中先生に当てられたことに気づかないという失敗をしてしまったものの大部分を思い出すことに成功した。
学校が終わり、お姉ちゃんと一緒に下校する。後は今日書いたメモを整理して試験時間内に解き終われるようにしていこう、そう考えながら歩いているとお姉ちゃんに話しかけられる。
「朝はごめんなさいね」
「朝? 何かあったっけ?」
「ほら、私が立ち止まって遅れそうになっちゃったじゃない?」
「ん……ああ、そうだったね」
問題を思い出すのに必死で本気で忘れていた。でも別に結局間に合ったわけだし結果オーライというやつだ。
「ちょっと冷静じゃなかったわ、本当にごめんなさい」
「まあ、結局遅れなかったしお姉ちゃんも私のことを心配してくれただけでしょ? だから別に気に病まなくていいよ。今日私が朝遅れたのだって原因の一つだったわけだし。」
「……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして。ほら、その話はもうおしまい。もっと楽しい話をしようよ」
「そうね、折角一緒に帰っているんだもの、楽しい話題でないと損よね。——そうだ、ずっと前に動物園にパンダを見に行ったことがあるじゃない?」
確かに、一度だけ家族みんなで動物園に行ったことはある。確か、私とお姉ちゃんが小学校2年のころだった気がする。何回も人生をやり直している分すごく昔のことのように思えるが、今からだと4年ほどしか経っていないのか。あの頃はまだ、お父さんも優しくて家族皆で遊びに行ったりすることもあったっけなあ。
「そうだね、それがどうしたの?」
「それで問題なんだけど、パンダのしっぽの色は黒と白どちらでしょう?」
「ええ~、そんなの覚えてないよ。どっちだったかな」
「確率は二分の一よ」
「う~ん、黒、黒でしょ。なんとなく黒だったような気がする」
全然覚えてないけどなんか体の先は黒だったような気がする。
「正解は~、白でした。パンダのしっぽは白。おなかや尻尾も白いの。つまり……」
「つまり?」
聞き返すとお姉ちゃんは勝ち誇ったように高らかに言う。
「面白いということでした」
「尾も白いって、何それ、ダジャレ? っふ、ふふふ」
「やっぱり面白かった?」
「いやお姉ちゃんがドヤ顔してそんなこと言うから可笑しくて」
「何よ? 面白かったでしょ」
お姉ちゃんが不貞腐れたように唇を尖らせる。それがおかしくて思わず笑いだしてしまう。
「あれだね、お姉ちゃんはユーモアのセンスはなさそうだね」
「じゃあ、華は何か面白い話できるの?」
「う~ん、そう言われると難しいね」
なんて話をしつつ家まで帰る。本当に久しぶりに笑うことができた気がする。もし私が受かることができれば、またこんな風にお姉ちゃんと学校に通えるし、お父さんたちの期待にも応えることができる。だからこそ何としても今回は受からないと。受かりさえすれば、お父さんたちもまた私のことを見てくれるはずだから。
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