第7話

 今度こそ、そう思って挑んだ試験はやっぱりこの前と同じままだった。何度も何度も解き直した問題。全部はさすがに覚えきれなかったけど大半はすでに答えが分かっているし、覚えてない問題もある程度は道筋がたてられる。後は、それを解答用紙に書くだけだ。


 それでもまた手が震えてしまう。もしこうまでしても受からなかったらどうしよう。今回も落ちてしまったら私はどうすればいいのだろうか。あの目が怖い。私を見ているようで見ていない、いないものとして私を見るあの目が。


 いや、そうならないように私は戻ってきたんじゃないか。最悪の未来を変えるために、また家族みんなで笑いあえるように。震える自分を奮い立たせ試験を続けた。

 

 そうして、試験は終了した。用紙が回収され解散を言われた後もしばらく動くことができなかった。いつの間にか門で待ち合わせをしていたはずのお姉ちゃんが隣に来ていた。


「大丈夫? 少し疲れてしまったか。ほら早く帰ろ?」


「う、うん」


 お姉ちゃんに促されて、ようやく立ち上がることができた。まだ終わった実感が湧かない。もう変えることはできないのにそれでももう少しできたのではないかと思ってしまう。今までよりは確実にいい点を取れただろうが受かっているか心配だ。


「もうそんな顔しないで、華。大丈夫だって。例え受からなくたって私がそばにいるから」


「……うん。そうだよね。ありがとう、お姉ちゃん」


 そうしてお姉ちゃんと一緒に帰途に就く。途中にお姉ちゃんが何か話しかけてくれていたようだが何も覚えていない。返事も上の空になってしまっていただろう。いつの間にか家の前に着いていて、放心したまま家に入る。夕飯を食べたり、お風呂に入っているときもどこか頭に靄がかかったようにぼうっとしていた。


 後は寝るだけとなり部屋に戻ると、急に疲れが来たのか床にへたり込んでしまった。……ついに終わってしまった。何回も繰り返してきた。その度に落ちてきたこの受験。これで受からなかったら私に打てる手はない。だがもはや私にできることは天に祈ることだけだ。絶対に大丈夫だ、落ちるわけがない、そう思い込もうとしても経験がそれを否定する。また落ちたらどうしよう、不正がばれてしまったらどうしよう。そんな不安が頭をぐるぐると巡る。


そんな気持ちで合格発表を待っているとあっけなくその日はやってきてしまった。いつものようにお姉ちゃんと一緒に学校に行き掲示板を確認する。


 ——あった。私の番号だ。何度も手元と掲示板を見比べる。それでも自分の目を信じきれずお姉ちゃんにも確認してもらう。


「お姉ちゃん、ちょっといい? 私の番号があるか見てほしいんだけど」


「……うん、間違いなくあるわ。おめでとう。よかったじゃない」


「そうだよね。夢じゃないよね。——痛っ。ということは夢じゃない」


 ホントかどうか確かめるために頬をつねってみたけどやっぱり痛かった。受かった、ようやく受かったんだ。信じられないけどこれは現実なんだ。


「やった、やったよ、お姉ちゃん。これでようやく中学からも一緒に通えるね」


「……いや、私は受からなかったわ。まあ、とにかくおめでとう。これで、お母さんたちにいい報告ができるわね。」


「えっ」


「ほら、確認したんだからもう帰るわよ」


「う、うん」


 お姉ちゃんに手を引かれてその場から立ち去る。そんな中私の頭は疑問でいっぱいだった。どうして? いつも受かっていたのに。私一人が受かることで落ちるようなぎりぎりの点数じゃなかったはずだ。お姉ちゃんなんてたとえ100回受けたとしても100回受かるだろうと思えるぐらい落ちるはずないのに、なんで。そんな風に考えていたらいつの間にか家に着いていた。混乱したまま家に上がり、部屋に戻る。もしかして、今までのは夢? だって私が受かるよりもお姉ちゃんが落ちる方がよっぽどありえないはずだ。でもいくら頬をつねっても全く目は覚めない。やっぱり現実なのだろうか?

 

 そうこうしているうちに時間が過ぎていたようで部屋の外からお母さんから声を掛けられる。


「華。お父さんから話があるようだからリビングにいらっしゃい」


「……分かった」


 思わず身構えてしまう。いつもこの後は怒られるのが決まっていたからだ。ただ今回は今までとは違うはずだ。びくびくしながら階段を一段ずつ降りていく。リビングの扉を開けるとお父さんたちがいた。


「おお、来たか、華。さあ、こっちに座りなさい」


「はい」


 お父さんに促され怒られるんじゃないかと思い少し震えながらテーブルにつく。でもお父さんは今まで見ていたような険しい表情ではなくむしろ優し気な柔らかい表情だった。


「よくやったじゃないか。あの学校にしっかり受かってくれた、それでこそ俺の娘だ」


「頑張ったわね、華。今日はご馳走にしましょう」


「……うん」


「ちょっと華、いくらうれしくても泣くことないじゃない」


 お母さんに言われて初めて自分が涙を流していることに気づく。受かった実感が湧いてきたのだろう。涙があふれて止まらない。ようやく、ようやくここまで来ることができた。ついに私はやり遂げたのだ。


「ああ本当によく頑張ってくれた。これから先も頑張るように」


 お父さんに褒めてもらっている最中、お母さんがテーブルにご馳走を並べてくれる。


「じゃあ、お姉ちゃんを呼んでくるね」


「いや、呼ばなくていい。優はこれから勉強に励むそうだ。落ちてしまったのだからより勉強を頑張ってもらわなくては困る」


「いいのよ、華。今日は頑張った華を祝う日なんだから」


 もしかして、私のときもこうだったのだろうか。お姉ちゃんに申し訳なく感じてしまう。でも、今日ぐらいは許してほしい。今、この時、この時間こそが私が文字通り死んでまで手に入れたかったものなんだから。

 

 今日は久しぶりに心安らかに眠れた、そんな幸せな日だった。

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