第44話(姉視点)


 華に言われた計画のためには、言いなりになる大人が必要だった。それに、こっちの事情もある程度知っている大人でないといけない。それを踏まえると該当する人は一人しか思い至らなかった。面倒な相手だが、仕方ない。そうして私は覚えている番号に連絡を入れて、会う約束を取り付ける。


 約束の日時になったので、華を連れてにあのカフェに行く。記憶の中のそれと比べるといささか新しいようにも見える。それもそうか、あの時私が来たのは中1の冬の頃だったから。扉を開けるとカランコロンと軽い鈴の音が鳴る。中に目を向けると相変わらず閑散としていてお客さんどころか店員の姿も見えない。しばらくして、奥から慌てた様子で見慣れた小さな女の子が出てくる。


「はあい、こんにちは! まさかこんなところにお客さんが来てくれるなんて。どうぞ、どこでもお好きなところにお座りください。ただ今、メニューとお水を持ってきますから」


 本当に慌ただしいものだ。ハイテンションについて行けず、目を回している華を引っ張って奥の方の席に座る。どうせこんなところに人は来ないだろうが、念のためだ。


「こちら、メニューになります。ご注文はお決まりですか?」


「え、えっとまだです」


「今メニューが来たばかりなんだから当然でしょ。気兼ねすることないわよ、華。もう少し、考えていなさい。とりあえず私は、アイスコーヒーを頂けるかしら。インスタントでいいわ」


「はい。って、どうして私のコーヒーがインスタントって知っているのですか! あっ」


「えっ、インスタントなんですか?」


「そ、そ、そんなわけないでありますよ。とにかく、アイスコーヒーを一杯ですね。少々お待ちくださ~い」


 そう言って、小泉こいずみ空音そらねは走って奥へと消えていく。全く、事情が事情とはいえ、そんな反応をするならコーヒーぐらいまともに淹れられるようになったらいいものを。


「華は気にせず、ゆっくり選びなさい。ただ、ここのコーヒーはさっき言った通りインスタントか、とても苦くて下手なエスプレッソしかないからおすすめはしないわ」


「そう? ——なら、オレンジジュースにでもしようかな。また、あの人が来たときに頼むよ」


 それほど時を待たずしてコーヒーを持って戻ってきたので、それに合わせて華がオレンジジュースを頼む。それを眺めながらコーヒーを口に含む。自分で淹れた方が幾分おいしいわね。そんなことを考えていると、オレンジジュースもすぐに運ばれてきた。奥にパックのゴミが見えるのにはこの際目をつぶろう。そうして華が他に何か頼むものがないかと探していた時に声がかかる。


「やあ、初めましてと久しぶりかな? 廻夜姉妹だね? 会いたかったよ」


 相も変わらず、癪に障る話し方をするものだ。仕方ないとはいえまたこいつと顔を合わせなくてはならないのは面倒だ。


「は、初めまして。あの、お名前は?」


「ああ、そうだね。私の名前は白稚しろちしのぶと言うんだ。遠慮せず忍お姉ちゃんと呼んでくれ。——まあ、呼び方はなんでもいい、苗字でなければ」


「そ、そうですか。じゃあ、忍さんと呼ばせてもらいますね」


「『おい』とかで十分よ。こんな奴」


「おいおい、久しぶりの再会なのにつれないじゃないか。もう少し仲良くしてくれてもいいだろう?」


「そうだよ、お姉ちゃん。これからお願いを聞いてもらうんだから失礼しちゃだめでしょ?」


 華にそう言われてしまったなら黙る他ない。すると、我が意を得たりと思ったのか目の前の愚か者が調子に乗り始める。


「そうだよ、そんな風に接されたらお願いが聞けないかもなあ。前の時間軸では自信満々にもう戻ることはないと言っていたのに結局戻ってきてしまったし、せっかく足枷とか代わりに買、痛たたた」


 余計なことを言われる前に思いっきり足を踏む。抗議するようにこちらをにらみつけてきたが無視する。調子に乗るな、華に知られたらどうする。


「お姉ちゃん?」


「なんでもないわ。それと、一つ訂正よ。これはお願いなんかじゃないわ。命令よ」


「はいはい、分かったってば。全く冗談じゃないか、そんな本気で踏、分かった分かったからストップ。——そんなことよりその内容は何だい。可愛い華ちゃんのお願いは叶えてあげたいけどできないことはできないからね」


「大丈夫よ、そんな無駄なことしないわ。貴女には私たちの養親になってもらうだけだから」


「ああ、なるほどね、養親って、はっ? いやいや、無理だって。だって私まだ二十歳だよ。というか、まさか君また両親を、痛たたた。タンマタンマ」


 つくづく余計なことしか言わんな、こいつ。


「大丈夫ですか?」


「気にしなくていいわよ。二十歳なら養子縁組はできるわよ。貴女に拒否権はないのだから。それに、前と同じようにお金は出さなくていいから。むしろこっちが稼がないと生活が苦しいでしょ?」


 いつかの人生のときは私が生活費のほとんどを出していた時もあったし、前回も一応の恩はあったから何回か援助はしていた。


「それはそうだけどさ。……確かに私も賛成さ。君の口から聞いてた通りならあの両親とは離れた方がいいだろうね。ただ、そんなことできるのかい? ほら、虐待とかの確認とかがあるんじゃないのか?」


「そのイメージは、特別養子縁組の方ね。それなら確かに監護期間があったりいろいろ面倒だけど、普通養子縁組ならそんなことないわ。それに特別の方は単身じゃ無理だから。まあ普通の方だと実父母とのつながりはそのままなんだけど」


「どうかお願いします」


 華が頭を下げているのにも関わらず、なかなか忍は答えようとしない。じっくり考えこんだ後、ようやくその口を開く。



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