第45話
お姉ちゃんにこんな知り合いがいるなんて全然知らなかった。でも考えてみれば、私が死んだ後すぐにお姉ちゃんが死んだわけじゃないそうだから、どこかでつながりを持つのはおかしなことでもないか。前の人生のこととかを覚えているのは不思議だけど、私の知らないお姉ちゃんの話もありそうだからいつか聞いてみたいと思う。
そんなことを考えることができるほどに時間が経った後にようやくその人、忍さんは答えてくれた。
「協力してあげたいとは思う。ただ、わざわざそれをする必要が本当にあるのかい?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。優君に任せていれば面倒な養子縁組なんて結ばなくたって、その親たちから離れることはできるだろう? なあ、そうだろう? 優」
「はあ、優と呼ぶなと言っているでしょう? まあ、そうね。その程度、造作もないわ。お金を稼ぐことはいくらでもできるし、生活だって、まあ家を借りるのは少し手間がかかるかもしれないけどできなくはないでしょうね。でも、ね」
「そう、それじゃダメなんです。結局それじゃ逃げただけ、今までと何も変わらないまま。私たちは近くにいたから、お互いに相手に求めすぎて上手くいかなかった。だからもう離れるしかないでしょう。でも、それでも親子として、正面から向き合わなくちゃいつまでたっても何も進まないと思うんです。私たちだけ勝手にいなくなってしまってはお母さんたちは何がダメだったか何も分からないままだと思うんです。ただでさえ、私たちにはある記憶が二人にはないので。だから、ちゃんと向き合ってから離れたいんです」
「……そうかい。君はまだそんな両親に慈悲を持っているのか。いい子ちゃんだな。私には到底考えられないよ」
「ふふっ、いい子なんかじゃないですよ。お母さんたちのためというよりは自分のためですから。結局のところ、私はただ聞いてみたいだけなんです。お母さんたちが何を思っていたのか、私に、私たちに対してどう思っていたのか。もはや何を聞いたとしても元に戻ることはありませんが、それを聞くことできっと救われるいつかの私がいますから」
そう。これはただの自己満足だ。お姉ちゃんにもすぐに逃げることはできると言われたけど、それではいけない、何かが足りない。もう答えは決まっているというのに、その対話に何の意味があるのかと言われれば確かにその通りだと思う。それでも、聞いてみたいのだ。お母さんやお父さんの真意を、そして、私の気持ちを伝えてからきっぱりと別れたいのだ。
「それに、普通養子縁組なら親子の縁までは切れないんです。だからいつの日か、お互い離れて冷静になった後、たまに会ったりして話し合ったりしてみたいんです。ああ、そんな時もあったね、今は幸せかい、なんて普通の親子みたいに」
お姉ちゃんには、そんな日が来るはずないと言われたけど、縁が続いていく限り絶対なんてないと思うのだ。事実上の絶縁をしてしまったり勝手に家出をしたりしてしまうと、そんな機会は訪れないかもしれないけど、この方法ならいつの日かそんなことができる関係になれるかもしれない。
「そう、か。……君はすごいな。ただ——」
「まあ、それは流石に難しいと私も思うけど、いいでしょう? 貴女にとっても悪い話じゃないはず。それに、私だって貴女の家のことは知っているから、そっちの方も手を回すから、言い訳にはさせないわよ」
私は忍さんのことをほとんど何も知らない。探偵をしているとお姉ちゃんは言ってたけど逆に言えばそれぐらいしか知らない。でも、お姉ちゃんが紹介してくれた人だからきっといい人なのだろう。だから上手くいってくれると嬉しい。そう願っていると、忍さんはどこか諦めたようなそれでいてどこか眩しいものでも見るような表情で小さくつぶやく。
「はあ、分かった、分かったよ。まさか、この私が親になるなんて、夢にも思わなんだ」
「じゃあ?」
「そうだね。その話を受けよう。ただし条件が二つ。まず一つ目、私は君たちの両親を説得しない。君たちがしっかり説得するんだ。そして二つ目。私はお金とかは出せない。契約とかは代わりにしてあげてもいいが、私だって日々の暮らしで精いっぱいなんだからな」
「ええ、もちろん分かっているわ。また、あの時と同じようにすればいいでしょう?」
「あ、ありがとうございます」
よしっ、これでとりあえずの関門は突破した。後は、こっちの問題だ。その後、どこに住むのかやお金の話など、これからの生活の細々としたことを決めていった。と言っても、昔お姉ちゃんたちはそんな風に暮らしていたのか、私抜きでサクサク話は進んでいったけど。それらを決めたころにはすっかり日は暮れていて、今日は解散することになった。後は、お母さんたちと話し合うだけ。きっとそれが一番大変なことで大事なことだろう。この私の人生に区切りを、この世で一番強固な関係に一旦の終止符を打とう。そうすることで、ようやく私は前に進める気がする。もう過去を振り返らずに済めるようになる気がする。
あの会合から数日後、お父さんとお母さんがそろっている時に私はついに話を切り出した。
「お父さん、お母さん。大事な話があるんだけど」
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