第43話



 ああ、良かった。とりあえず、お姉ちゃんを死なせないことには成功したようだ。そんな安堵とともに、お姉ちゃんを連れて下に降り、一緒に朝食を取った。お母さんたちには久しぶりに会ったというのに、全く心が動かされなかったことに驚いてしまう。今まで私の人生の中心というか人生そのものだったのにこんなにも変わってしまうなんて昔の私からしたら信じられないだろう。でも、もう戻ることはないし、戻ろうとも思わない。


 一言二言お母さんたちと会話をし、朝食を食べ終わる。いろいろ聞きたがるお姉ちゃんを宥めて、学校に向かう準備をする。家を出ると、我慢の限界だったのかすぐさまお姉ちゃんに質問される。


「ねえ、どうしてキスしてきたの?」


「さっきも言ったでしょ? お姉ちゃんを愛しているからだって」


 もともとキスする予定ではなかった。でも、お姉ちゃんがいつまで経っても私の言うことに耳を傾けてくれなかったし、挙句私がお姉ちゃんを愛していないなんて世迷言を吐くから。どうしたら、愛を証明できるか考えた時にそれしか思いつかなかった。ああ、今になって思い出すと恥ずかしくなってしまう。どうにかしなきゃと焦っていたとはいえそんな大胆なことが自分にできるなんて。でも、お姉ちゃんはそんな私の心情に関わらず、質問を続ける。


「じゃあ、どうしてあの時私を選んでくれなかったの?」


「——それを話すのには時間が足りないから帰ってからね」


 一言で言い表せることではないし、そもそもこんなところで話すことでもない。それに、今はまだあのキスを思い出してしまって、冷静になれないから未来の自分に託した。


「別に今更学校になんて行く必要ないじゃない」


 まあ確かに、今更小学校の一日ぐらい休んだ所で何も関係ないだろうけど、きっとお互いに頭を冷やす時間が必要だろう。


「いいから、ほら、行くよ。……後、私が見てないからって死んじゃだめだよ。もし死んだらそのときは私も死ぬからね」


 思い返せばお姉ちゃんは、いつだって私のために行動してくれていた。だから、脅すようで悪いとは思ったけどこう言っておけばお姉ちゃんは死なないだろう。


「……分かったわ。その代わりちゃんと説明するのよ」


「分かってるって」


 そう言うと、お姉ちゃんはすっかり喋らなくなってしまった。まあ、私も話しかけられたところで上手く答えられなかっただろうからちょうどよかった。さて、帰るまでにこれからの計画をしっかり練らないと。もうやり直しはきかないのだから。お姉ちゃんと一緒に幸せになれる方法を。


 学校に着くと、久しぶりに大勢の人がいたため緊張してしまう。考えてみれば一ヶ月ぶりにお姉ちゃん以外の人と会うのか。そう思って身構えていたが、思ったよりも何にもならなかった。どうやら私はもう他の人には興味がなくなってしまったようだ。自分のことなのにどこか他人事なのが不思議だけど。唯一真依さんたちには感謝を伝えたいけどそれぐらいだった。まあそれならそれでいいか。そうして私は学校の授業や周りの人なんかそっちのけで、これからのことを考えるのであった。


 学校が終わって、お姉ちゃんと一緒に家まで歩く。逸る気持ちが抑えられないのかいつもより早歩きになっているお姉ちゃんを可愛く思う。いつも余裕に満ち溢れた姿を見ているから、たまにこんな姿を見てしまうと私も何かお姉ちゃんにしてあげられると思うから。家に着くとすぐに私の手を引いて部屋まで上がり、しっかり扉を閉めてから話し始める。


「ちゃんと話してくれるんでしょうね? 私を選ばなかった理由について」


「まず勘違いしないでほしいんだけど私はお姉ちゃんを選ばなかったわけじゃないから」


「じゃあ、どうして私を殺したの?」


 改めてそう言われるとまいるなあ。私が選んだことではあるけど、確かにそれ以外の選択肢がなかったと言われれば違うかもしれない。でも決めたことだから、その選択には責任を持たないと。


「それを言われると弱るけど、そうしないとお姉ちゃんを愛せないと思ったから」


「どういうこと?」


「お姉ちゃんは最後にさ、私を愛せなかったとか言ってたじゃん。でも全然そんなことなかった、お姉ちゃんは確かに私を愛してくれていたよ」


 それだけはちゃんと伝えたかった。お姉ちゃんは私を愛していた。それはお姉ちゃんにも否定してほしくなかった。すると、お姉ちゃんはしばらく目を閉じて、何か考えているように、


「……そう。なら、なおさらどうして?」


「私もお姉ちゃんを愛していたから。あのね、私は愛することって与えることだと思うの。その人のために何かをしてあげたい、その人に何かを与えること、それが愛することだと思う。だから、あのままだったらお姉ちゃんは私のことを愛せていたかもしれないけど私はお姉ちゃんのことを愛せないと思ったの。一方的に与えられて、私はそれを返すだけ。そうしたら一生お姉ちゃんは愛されることを知れないと思ったから。——逆にお姉ちゃんは私の立場だったらそれで良かった? 相手は自分のためにすべてをくれるけど、自分は相手にそれを返すことしかできない。ううん、返すことすら満足にできない。それで良いと、それで満足できた?」


「……そうね、できないかもしれない。でも、それでも——」


「そうだね。それでももしかしたら他に道はあったかもしれない。だからこれはただのわがまま。生まれて初めての私のわがまま。私がお姉ちゃんに何かしたかったから、それを受け入れられなかっただけなの。もしそれを許せなかったらまたそうしてもいいよ。今度は殺して終わったりしないから」


 私はお姉ちゃんに甘えてばっかりだ。今もお姉ちゃんに許してもらえると思ってこんな風に言っている。でももしこれで駄目で、また監禁されたとしても今度こそ逃げたりなんかしない。その中でお姉ちゃんに愛を伝えたり、話し合いを続けることで二人で幸せになれる道がきっとあると思うから。そう考えながらお姉ちゃんの返答を待つ。しばらくするとお姉ちゃんは大きなため息をついた後、右手で顔を覆って天を仰ぐ。


「……わがまま、わがままかあ。——妹のわがままの一つぐらい聞いてあげなくちゃ姉失格よね。それなら仕方がないか。少しこっちに来てちょうだい、華」


 言われるがままお姉ちゃんの方に近づくと、優しく抱きしめられる。そうしてゆっくりポンポンと背中を叩きながらお姉ちゃんは続けた。


「分かったわ、華。貴女の意思を尊重するわ。でも、もし貴女に何かあって外が危険だと判断したら、また貴女を閉じ込めることを許してちょうだい。それが私のわがままよ」


「もちろん。その時はそれで幸せになれる道を二人で探そう。——それでね、これから二人一緒に幸せになるために協力してほしいことがあるの」


「ええ、何かしら。今回はちゃんと協力するから」


「あ、やっぱりあの時は話半分に聞いてたんでしょ? まあいいや。それじゃあ、聞きたいんだけど、誰か信頼出来る大人の人っている?」


 ここから始めよう。遠回りの末にたどり着いた、二人で幸せになれる、そんな未来を。

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