第42話(姉視点)

 


 ああ、戻ってきてしまったか。こんな予定ではなかった。前の人生で終わらせるつもりだった。何かあったときのための保険として残しておこうと思っていたのに、……いや、もういいか。華は私を拒絶したのだから。


 私は華がいてくれるだけで良かった、華のためならなんだってできた。華を死なせないように華をずっと閉じ込めておきたかった。いや、違う。結局のところ、私が離したくなかっただけなのだ。どこにも行ってほしくなかった、私のそばにいてほしかった。ただそれだけだったのに。


 それがいけなかったのだろうか。華は私の檻の中で生きることを選んではくれなかった。あの時私の世界に色を付けてくれた貴女と、ずっと一緒にと言ってくれた貴女と、ともに生きていきたかった。でもきっと私は貴女を愛せなかったのだろう。いや、今はこんなことを考えている場合ではない。華が来る前に早く部屋を出ないと。そう思った時だった。ガチャと扉の開く音がした。ああ、ほら華が来てしまった。


「お姉ちゃん、まだ死んでないよね? 良かった」


 華の顔をみるだけで、こんなにも嬉しいと思ってしまう。華と一緒にこれからも生きていけたらどれだけいいだろうか。でもそれは叶わぬ夢だ。だから私は、なるべく未練が残らないように少し華から目をそらしながら答える。


「心配しなくても、すぐに死ぬわ」


「なんでそんなこと言うの? 死なないで」


 ああ、そんなことを言わないでちょうだい。死のうとしている意思が弱くなってしまうじゃない。まだ華が私を必要としている、なんて夢を見てしまう。でも、勘違いしてはいけない。華は私を拒絶したのだ。華はとても優しい子だから、こんな私にも生きていてほしいと思ってしまうだけだ。


「いいえ、もう私には生きていく理由がないもの。私のことなんかいらないのでしょう?」


「そんなことないから、私の話をちゃんと聞いて!」


 聞いたところでだめだったじゃない。だから私は私なりに貴女を愛したつもりだった。でも愛せていなかったから、華は私を選ばなかった。


「もういいのよ、華。私に気を遣わなくて。どうせすぐに死ぬのだから」


「気も遣ってないし、死んでもほしくない。ねえ、ちゃんと話を聞いて!」


「ごめんなさい。貴女を愛することができなくて」


「そんなことない! お姉ちゃんは私をちゃんと愛してくれてた。でも、私もお姉ちゃんを愛してるの」


 華が私を愛しているだって? そんなことあるわけないじゃない。じゃあどうしてあの時私を殺すことを選んだの? どうして私から離れようとしたの?


「華が私を? 冗談はやめなさい。そんな嘘をつかなくてもいいのよ」


 そう言うと、華は黙ってうつむいてしまった。顔が見えないからどう思っているか分からないけどきっと図星を突かれて動揺しているのだろう。今のうちに部屋を出てさっさと死んでしまおう。華を見ていると心が苦しくなってしまうから。


「じゃあ、華。私はそろそ、」


 華をよけて部屋を出ようとしたら何かに口を塞がれて、続けようと思った言葉が出ない。な、何が起きているの? 華が私にキスをしている? 不意のことで頭が追い付いていない。現実が受け入れられず、その場で動けなくなってしまう。


 数秒とも数分とも知れぬ間、華は私の唇に自分のそれを押し付けていたが、息が苦しくなったのか、離れていった。急にそんなことをしてきたものだから理由を知りたくて、息も整えないまま華に尋ねようとする。


「はあはあ、な、何をし、」


 華にまたキスをされ、言葉が遮られる。驚いたには驚いたが、一回目よりかは幾分余裕もできて、身長差のせいで必死に背伸びをしてキスをする華は可愛いな、なんて場違いなことを考えてしまう。しかしだんだんと息が続かなくなり、余裕がなくなってくる。そうしてどこかぼーっとした頭でキスを続けていると突然華が崩れ落ちるようにして倒れる。間一髪支えることができたが、踏ん張りがきかず私も一緒になって座り込む。するとまた、華がキスをしてこようとしてきたので慌てて止める。


「ま、待って!」


「どうして?」


「どうしてって、華の方こそ急にどうしたの?」


「だって、お姉ちゃん私の言うこと全然聞いてくれないし、愛してるって言ったのに嘘だって言うから。だからそれを証明しようと」


「だからって、……他の人にはしていないでしょうね?」


「もちろん。お姉ちゃんが初めてだよ」


 こんな状況だというのにそれを聞いて安堵とも歓喜とも言えぬ感情が湧き上がってくる。


「これでお姉ちゃんも私の話を聞いてくれる気になった?」


「い、いや、それとこれは話がち、いや分かった。分かったから一旦落ち着いて」


 話を聞かないようにするとまた華がキスをしようとしてきたので慌てて止める。


「お姉ちゃんは私とキスするの嫌だったの?」


「いや、嫌じゃない、嫌じゃないけどちょっと待って」


 キスをされたのはむしろ嬉しいと思っているし、もっとキスをしたいとも思っているけど、今はまだ頭が混乱していて考えがまとまらないから待ってほしい。混乱した頭を整理しようとすると、『二人とも起きてきなさい』と下から声がする。華が『じゃあ、後でしっかり話そうね。ほら、立って。一緒に行くよ』と私の手を引っ張るのでとりあえず考えるのを止めて華についていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る