第41話
「何を言ってるの? ねえ、どういうこと?」
「だから、もし華が外に出たいなら私を殺しなさい」
お姉ちゃんは聞き分けの無い子供に言い聞かせるかのように話す。
「何回聞いても意味が分からないよ! どうして外に出るためにお姉ちゃんを殺さなきゃいけないの?」
「華は外に出たいんでしょ? 私の手を離れて。でもそんなのだめよ、絶対に許さない、認められない。私が生きている限り、もう貴女を外になんて出さない。ずっと部屋にいてもらう。——だからこれが最後のチャンス。今ここで私を殺すか、それともずっと檻の中で私とともに生きるか、どっちか選びなさい」
私が声を荒げても、お姉ちゃんはあえてなのか感情を見せないためにか、淡々と答える。
「ねえ、お姉ちゃん落ち着いて。一旦冷静になって話し合おうよ」
「私は極めて冷静よ。ほら、鍵も持ってきたわ。私は死ぬまで離すつもりはないけどね」
じゃあ、どうしてそんな結論に至っちゃったの?
「さあ選ぶのよ。私を殺すかそれとも籠の中、檻の中で生きるか」
「……どっちも選べないよ。あのね、違うんだよ、お姉ちゃん。私、お姉ちゃんから離れたいとか思ってないよ。でも今のままじゃだめなの」
「何にせよ、変わらないわ。……そうね、華は私を殺して殺人犯になってしまうのが嫌なんでしょう?」
私が弁明しても取り付く島もないどころか見当外れな心配までしてくる。
「……さっきから何を言ってるかさっぱり分からないよ」
「華がもし私を殺して、何かしら面倒になったときはまた自殺するといいわ。私たちは後もう一度だけ過去に戻れるそうだから。ただ、貴女が戻るときは自殺でないといけないけれど。本当は保険のために残しておきたかったけど、……人生ままならないものね。ああ、大丈夫よ、戻ったときはすぐに私は死んであげるから」
「なんで……」
「でももしここで私を殺さないのなら、その時は私が責任をもって貴女を幸せにしてみせるわ。もうあの人たちなんか気にしないで、すぐに違う家に引っ越してそこで二人で暮らしましょう。いつまでもいつまでも二人で一緒に過ごしましょう?」
お姉ちゃんは本気の目をしていた。ここで決断しなかったら私は今後必ず外に出ることはできないだろう。おそらく、お姉ちゃん以外の人と会うこともなく、私の世界にはお姉ちゃん一人だけがいることになるだろう。それは、とても甘美な誘いだった。きっとお姉ちゃんのことだから、私は一生不安や悩みを抱えることなく何不自由なく生きていけるだろう。
ああ、それはどれだけ優しくそして残酷なことだろうか。それを受け入れてさえしまえば幸せだろう。このままの日々がきっと続いていく、考えるだけでも楽しそうだ。だけど、それでお姉ちゃんは幸せになれるのだろうか。きっとお姉ちゃんは私に何もさせず、私はただ餌を待つ雛のようにお姉ちゃんから与えられるのを待つだけの未来がそこにはある。それではお姉ちゃんを救えない。こんな風にさせてしまったのは私の責任だ。だから……。
どのくらいの時間が経っただろうか、お姉ちゃんは決断の時まで無言のまま待ってくれた。私は決意し、ゆっくりとそれに手を伸ばす。
「……そう、そちらを選ぶのね。ならここを確実に刺しなさい。そうすれば貴女は自由よ」
私は最後まで目をそらさず、深々とお姉ちゃんの胸に、心臓に、包丁を突き立てた。お姉ちゃんは苦悶の声を漏らしつつも、取り乱すことなく最後まで凛とした姿だった。
「ああ、やっぱり私は貴女を愛せなかったのかしら」
力尽きる前に弱弱しい声でそんな言葉が聞こえた。心の底から悔いているようなそんな響きだった。そう言えば、お姉ちゃんから愛していると言われたことはなかった。お姉ちゃんは私を愛している自信がなかったのだろうか。でも、違うよ。そんなことはなかった。
「ううん、お姉ちゃんは確かに私を愛してくれてたよ。でも、私もお姉ちゃんを愛しているの」
この声はお姉ちゃんに届いただろうか。私はたった今、愛するということを知った。愛するということは与えるということなのだ。きっと他の人がたった一度きりの人生で気づくことに私はようやく気付くことができた。
私だけでなくお姉ちゃんすらお父さんたちには愛されていなかったのだ。お姉ちゃんも私も愛を知らなかった。だからお姉ちゃんは不安になってしまったのかもしれない。でも、大丈夫だよ。お姉ちゃんはしっかり私を愛してくれていた。今度は私もそれを伝えていきたい。もう置いていかないし、置いていかれもしない。
痛かったよね。辛かったよね。これでお相子ってわけじゃないけど、私も同じ方法でいくよ。きっとどこかで甘えがあったのかもしれない、死ねば戻れると。でも次で終わりなんだよね? だから、
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