第40話

 ああ、行ってしまった。どうして分かってくれないの? 私はただお姉ちゃんの役に立ちたいだけなのに。今の状況はあの時と同じで、結局お姉ちゃんの隣には誰もいない。お姉ちゃんは一人だ。お姉ちゃんは私を守ってくれているけど、誰がお姉ちゃんを守ってあげられるんだろう。あの時私は誓ったじゃないか、お姉ちゃんの隣に立つと。だからこんなことをしている場合じゃないんだ。ずっと一緒にいるなら、お姉ちゃんが私の方に来るんじゃなくて、私がお姉ちゃんに近づいていかなくちゃ。


 確かになんでもできるお姉ちゃんは私の手助けなんか必要としていないのだろう。だからこれは私の初めてのわがままだ。お姉ちゃんの隣に立ちたい、隣にいてふさわしい人間になりたい。お姉ちゃんを守り支える存在でありたい、そう願ってしまうのだ。


 そんなことを考えていたら、お姉ちゃんが晩御飯ができたと部屋に戻ってきた。手をつないで階段を降り、一緒にいただきますと言ってから、食べ始める。お姉ちゃんはさっきの話題に戻されないようにか、いつもより口数が多めだった。今のところ、それをお姉ちゃんが許してくれないのは、明白なので私もその話題を口にすることはなかった。


 その日から私はどうすればお姉ちゃんを説得できるか、考えるようになった。今の生活が嫌なわけじゃない。日中は自分のやりたいことをして、夜はお姉ちゃんと一緒に過ごす。今までしてこなかった姉妹の触れ合いを取り戻すかのような日々は、確実に私の心を潤した。このままでいい、そう思うお姉ちゃんの気持ちもよく分かる。それでも変わらなくてはならない。まずは小さなところから変えていかなくちゃ。


「料理がしたいの?」


「そう。お姉ちゃんはさ、日中学校に行って疲れるじゃん? だから料理を作って待っててあげたいなって」


「いや、料理は危ないわ。華が怪我でもしたらどうするの? 大丈夫、学校に行く程度じゃ疲れないわ」


「もう、お姉ちゃんは過保護すぎるよ。大丈夫だって。私にだってできるよ」


「いや、何があるか分からないもの」


「……じゃあ、掃除とか洗濯とかは? それならいいでしょ?」


「もし、あの人たちと鉢合わせたらどうするの? そんなことしなくていいのよ。貴女は好きなことをして生きていればいいの」


 あの人たち? ああ、お父さんたちのことか。もう1ヶ月以上も会っていないからほとんど考えなくなってしまった。今までお父さんたちのために頑張ってきたが、今はお姉ちゃんのために頑張りたい。


「じゃあ、学校は?」


「それはだめ。言ってくれればなんでも揃えてあげるから、部屋にいてちょうだい」


 う~ん、まさか何も許してくれないとは。仕方ない。根気よく粘り強く説得を続けていくしかないか。説得を続けながら、自分ができるお姉ちゃんの隣にいる方法についても考えなくちゃ。


 ~~~


 そうして何日か説得を続けていると、急にお姉ちゃんが下を向いて、返事をしなくなった。どうかしたのかと思っていると、どこか悲痛な表情を浮かべながらお姉ちゃんは言う。


「ねえ、華。正直に答えてほしいのだけれど、華は私のことが嫌い?」


「なんで? そんなことないよ」


「じゃあどうして、華は私の手から離れていこうとするの!」


 お姉ちゃんが感情をあらわにすることなんてめったにないことだから驚いてしまった。こんなに声を荒げたのはあの時ぐらいだろう。少し呆けてしまった後、私は慌ててそれを否定する。


「違う、違うよ。お姉ちゃん。お姉ちゃんから離れたいんじゃなくて、お姉ちゃんを守りたいの。お姉ちゃんはいつも、私に何かあったらって言うけど、私もお姉ちゃんに何かあったらどうしようって思っているの。だからそういうことが起きた時に大丈夫なようにしたいの」


 落ち着いてもらえるようにそう言うも、お姉ちゃんは納得してくれなかった。


「私は華がいないと生きていけないの。貴女をもう失いたくないの」


「私だってそうだよ。お姉ちゃんがいないと生きていけないよ。だから——、ちょっとお姉ちゃん、まだ話は終わってないよ」


 私が言い切る前にお姉ちゃんは、部屋を出て行ってしまった。そうされてしまうと足枷のついた私にはもう何もできない。悶々とした気持ちでお姉ちゃんが帰ってくるのを待つ。少しして、扉が開いたのですぐにお姉ちゃんに説明しようとする。


「あ、お姉ちゃん。だか……何を持っているの、お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんは包丁を持って私の部屋に入ってきた。ああ、私はお姉ちゃんに殺されてしまうのかな。こんなことになるのならわがままなんて言わなければよかった。ただ不思議なことに殺されるのは怖くなかった。お姉ちゃんに殺されてしまうなら仕方がないか。お姉ちゃんが殺人犯になってしまうのだけが心残りだ。そう思って来たる痛みに耐えようと目をつぶるも一向に痛みはやってこない。


「華、目を開けて。私は貴女を刺したりしないわ」


 そう言われたので目を開けると私の手元に包丁が置かれていた。


「じゃあどうして包丁なんか持ってきたの?」


「もし華が、この先外に出たいなら私を殺しなさい」


 えっ、何を言っているの?


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