第39話(姉視点)



 ああ、ようやくここまで来れた。今まで長かった。でもこれで、華を失わずに済む。


 華を部屋に閉じ込めてもう1ヶ月が経つ。昨日は柄にもなく取り乱してしまったが、最後には分かってくれた。華がいない世界に生きる理由はないの。本当は常に華と一緒にいたいのだけれど、一応あの人たちとの契約だから学校には通わないといけない。面倒だが、仕方ない。社会的地位を築いていた方がいいと考えることにしましょう。それに華とはこれからずっと一緒にいられるのだから。それにしてもどうして華はあの人たちのことを気にするのかしら。まあ、最近は話題に上がらないからよしとしましょう。ああ、早く家に帰って華に会いたいわ。


「ただいま、華。今日も元気にお留守番していた?」


「お姉ちゃん、お帰り。そうだね」


 部屋に入ると、今日もトレーニングをしていたのか華の匂いが漂ってくる。その匂いを嗅ぐと安心する。華が生きていることの証明だからだ。


「じゃあ、華とりあえずお風呂に入る?」


「入るけど、……もしかして匂う? 汗拭きシートで拭いたんだけど」


「……いいえ、そんなことはないわよ。私も入りたかったから」


 そんなことしなくていいのに。そんなことを思いながら部屋を出て、華と一緒に階段を下りる。最近は足枷を付けて運ぶのはやめて、部屋を出るときは華と手をつなぐようにしている。最初の頃は反抗されてしまうと思っていたが、最近はもうそんなそぶりもなさそうだし、何よりあの方法じゃ時間がかかってしまうから。


 風呂場について、先に華がお風呂に入ったことを確認してから服を脱ぎ始める。風呂に入ると華がシャワーで体を温めながら私を待ってくれていた。


「お姉ちゃん早く」


「はいはい、ただいま」


 ああ、やっぱり華と一緒に入ることにして良かった。華の生きている鼓動を感じられるし、華の成長をこの目で見ることができるから。


「と言ってもどうして華は大きくならないのかしら? ちゃんと栄養のあるものを食べているのにね」


「そんなこと言ったって仕方ないでしょ? すぐお姉ちゃんを越すかもしれないでしょ?」


「華が? ふふっ、そうかしら? まあ肉付きは良くなっているから大丈夫ね」


「ちょっとお腹ぷにぷにしないで」


 そんな風にじゃれあいながら洗いっこを終え、お風呂に浸かる。2人で入るとぎりぎりだが、華を後ろから抱きしめるようにして風呂に入る。ああ、こんな生活がいつまでも続いてほしい。いや、続けよう。華の華奢な肩を抱きよせながらそんなことを思う。


「なあに、お姉ちゃん?」


「ううん、何にも」


 ぼーっとしながらのぼせないようにそろそろ出ようかと思っていた時、『お姉ちゃん、話があるの』と華に言われる。どこか嫌な予感がした。


 パジャマに着替えて、二人で部屋に戻る。忘れずに華の足に枷をつけてから話に入る。


「それで、話っていうのは何かしら?」


「うん。やっぱりさ、学校に行こうと思うの」


 嫌な予感が的中してしまったようだ。


「——どうして、かしら? やることがなくて暇になってしまったの? それとも勉強がしたくなったの?」


「ううん、そうじゃなくて私もお姉ちゃんの役に立ちたいの。隣に立ちたいの」


「十分役に立っているわ。生きてくれているだけでいいの。だから——」


「違うの! ねえ、お姉ちゃん聞いて。私たちは、これまで話し合いが足りなかったと思うの。だからこれからはしっかり自分たちが何をしたいかどうしたいかをすり合わせないといけないと思うの」


「華は今の生活のどこが不満なの? 私はこのままでいい、いやこのままがいいわ」


「不満とかそういうのじゃなくて、このままじゃだめだと思うの。このままだと私はお姉ちゃんのお荷物にしかならない。私もお姉ちゃんを支えたいの。だから、しっかり学校に行ったり社会にでたりして——」


「そんな必要はないわ! 前も言ったでしょう? もう華が働いたりしなくても一生生きていけるだけのお金はあるの。これから先の社会の動向だって分かる。だから、お願い。部屋にいて。私の目の届かないところには行かないで」


 華が外に出る? そんなの認められるわけないでしょう。確かにもう自分で死んだりするようには思えないけど、外では何が起きるか分からない。可愛い華が傷つくようなことが絶対にあってはならないの。


「でも私は——」


「この話はこれでお終い。すぐに夕飯にするから少し待っていてちょうだい」


「お姉ちゃん!」


 声を荒げる華を無視して、部屋を出る。もう貴女を失いたくないの。だからお願い、私の籠の中にいて。

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