第38話



 私はずっと前にお姉ちゃんとずっと一緒にいると約束をしたんだった。


 ◇


 私とお姉ちゃんが年中だった時、それは習い事を初めて少しの時が経ち、私とお姉ちゃんとの対応の差をなんとなく感じ取っていた頃だった。


 今もそうであると言い切るのは難しいけど、その時はただただ純粋になんでもできるお姉ちゃんが誇らしく思っていた。そんなお姉ちゃんに追いつくためにいつも頑張っていた。組が違ったため普段幼稚園でのお姉ちゃんがどんな感じかは知らなかったけど、きっとみんなからちやほやされていると思っていた。


 その日は珍しく複数の先生が皆を引率して、近くの公園に行って遊ぶ日だったので、お姉ちゃんと日中も遊べると思って無邪気に楽しみにしていた。当時は習い事が忙しくて、幼稚園が終わった後は遊ぶ時間もなかったから。公園について、自由時間になってすぐにお姉ちゃんを探すもなかなか見つからず焦っていた時、どこからか騒がしい声が聞こえた。もしかしたらお姉ちゃんがいるかもしれないと思い声の方に顔を向けると、確かにそこにはお姉ちゃんがいた。でも、その姿は泥だらけだった。近寄ってよく見ると、3人ぐらいの男の子たちがお姉ちゃんに泥をかけていたようだった。私は慌てて、『何してるの!』と言ってその男の子たちを追っ払ってお姉ちゃんに駆け寄った。


「大丈夫?」


「大丈夫よ、問題ないわ。流石にこうされたのは、初めてだけどこんなのいつものことよ」


「いつものこと⁉ なんで?」


「さあ? ……ああ、そういえば、何か言ってたわね。俺より上手い絵を書くなとか」


 お姉ちゃんはどうして自分が嫌がらせを受けているのか心底分からない様子だったと思う。でも私には分かってしまった。その当時は嫉妬だなんて単語は知らなかったが、何でもできるお姉ちゃんを羨み、少なからず妬んでしまう気持ちには心当たりがあった。きっとその子は絵が上手いことを褒められたり、ちやほやされたりしてきたのに、お姉ちゃんは悪気もなくそれを超えてしまったのだろう。もしかしたら他にもいろいろ理由があったのかもしれない。それでもお姉ちゃんはそれに気づけない。お姉ちゃんはなんでもできてしまうからできない人の気持ちを理解できないんだ、とその時にようやく理解した。


 どうして嫌がらせを先生が止めてくれないのか不思議だったけど今なら分かる気がする。お姉ちゃんは賢すぎたのだ。何かされてもそれを騒いだりせずにいたからそのままでいいと思ってしまったのだろう。


 当時はそんなこと分かるはずもないし、分かったところで私の行動は変わらなかったと思う。その日から私は、先生の目を盗んでお姉ちゃんの組に行きお姉ちゃんがいじめられないように守るようになった。正直どうして自分がそんなことできたのか、そんなことをしたのか自分に驚いてしまう。先生に怒られるのだって、お母さんたちに怒られるのだっていやだったはずなのに。


 でも、そうしなければならないと私は確信していたのだ。だって、お姉ちゃんが笑っている姿なんて見たことなかったから。誰かがそばにいないといけないと幼いながらそう思ったのだ。今考えると、もしかしたらお姉ちゃんと一緒にいることで寂しさを埋めたかったのかもしれない。そんなことを続けていたある日、お姉ちゃんに聞かれたのだ。


「どうして華はそんなに私に構うの? 何の得があってそんなことをするの?」


「そんなのお姉ちゃんがお姉ちゃんだから決まっているでしょ? 大丈夫。私がずっと一緒にいるから。私が隣にいれば、いつか笑ってくれるでしょ?」


 間髪を入れずにそう言うと、お姉ちゃんはほんの少し、だけど確かに笑ったのだ。だから私はそのために……。



 どうして忘れていたんだろう。あの時からお姉ちゃんがいじめられることはなくなって、小学校に上がる頃には人気者になっていたから私はもう必要ないと勝手に思ってしまったのだろうか。


 お姉ちゃんの言う通り私が先に約束したんじゃないか。ずっと一緒にいるって。そうだ、そうだった。あの時の気持ちが鮮明に蘇ってくる。ああ、そうか。なら私は……。


 お姉ちゃんを抱きしめ返しながら私は決意を新たにする。


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