第48話



「……華。今いいかしら」


「ん、なあに? ……ああ、あれね。いいよ」


 荷ほどきが終わって一息入れていたときに、そんなことを言われる。一瞬何のことだか分からなかったが、すぐに理解して了承の合図を出して立ち上がる。するとお姉ちゃんは私の方に近づいてきて、顎を持ち上げて唇にキスをする。


「んっ」


 これはこの人生に戻ってきて初めてキスをしたあの日から、半ば日課となっているものだった。まあ、日課と言うにはいささか頻度が高すぎるかもしれないが。もうすっかり鼻で呼吸することにも慣れて、長い間キスをすることもできるようになった。何分経っただろうか、どちらともなく離れてキスを終える。


「ふう。ホントにお姉ちゃんキスするの好きになったよね」


「……華は嫌いになってしまったの?」


 どこか不安そうな声でそんなことを聞いてくるものだから私は慌てて否定する。


「い、いやそんなことは全然ないよ。でも、今までしてこなかったのに急にこれだけするようになったから気になっちゃって」


「……華が言ったんじゃない」


「えっ? 今なんて?」


「だから、華が先に言ったでしょ。愛しているからだって。だから私も華を愛そうと思って。もちろんそれだけじゃないけど、それが一番大きいわね。貴女を愛している実感が湧くから」


「そんな理由があったなんて」


 確かに言われてみれば私が最初にした時にそう言ったっけ。てっきりお姉ちゃんが単純にキスにはまったのかと思っていた。でもまあ、私もお姉ちゃんとキスしていると幸せな気分になれるからいいけど。


「キスと言えばさ、お姉ちゃんはこれまで誰かと付き合ったことある?」


「あるわけないでしょ」


「だよね。私もお姉ちゃんが誰かと付き合っている姿、想像できないもん」


 お姉ちゃんが他の人と共同作業とかするイメージが湧かなかった。何でも一人でできるから、お姉ちゃんと付き合う人はきっと大変だろうな。そんなことを思っっていると、お姉ちゃんは不機嫌そうな顔をして黙ってしまった。何かと思えば急に私を抱きしめてくる。考えてみればあまりいい言葉ではなかったかもしれない。


「ごめん。あんま言われて嬉しい言葉じゃ無かったよね」


「いいえ、そんなことどうでもいいわ。——そうじゃなくて、貴女はどうなのかって思って。私が見ている限りそんな気配なかったと思うけど、今まで誰かと付き合ったことはある? こうして抱き合ったりしたことは? あの時キスは私が初めてだって言ったわよね?」


「お姉ちゃん、ちょっと苦しいかも」


「ああ、ごめんなさい。つい」


 お姉ちゃんは少し力を緩めてくれたものの、まだ強めに抱きしめられたままだった。そんな心配することないのに。


「心配しなくても誰かと付き合ったことなんてないよ。こうして抱き合ったりなんか、あっ」


「何? やっぱり誰かとしていたわけ?」


「ストップ、ストップ。ちょっと落ち着いてお姉ちゃん」


ぎゅーっとまた強く抱きしめられる。部屋にそのまま持っていかれそうになったからまた慌てて止める。


「早く白状しなさい。いや、いいわ。やっぱり監禁しなくちゃだめかしら」


「どうしてそんな結論になるの? 抱き合ったって言っても真依さんとだけだよ。それにそういう雰囲気じゃなかったし」


「真依? ——ああ、あの子ね。確かに、あの子ならそんなこともあるかもしれないか」


 そう言えばお姉ちゃんも真依さんのこと知っていたんだっけ。なら分かるだろうに。


「でしょ? だから大丈夫だって」


「……いいえ。華はこんなに可愛いんだから気を付けないと。やっぱり外に出さないで家の中で可愛がるしかないわよね」


「もう? もし本当に監禁しないといけないって思ったんだったらそうしてもいいけど、私が納得いかない理由とかだったら三日、ううん、一週間は口を聞いてあげないからね」


 私はそう言いながらお姉ちゃんの腰に手を回して安心させようとした。お姉ちゃんは吹っ切れたのか今までより暴走しやすくなった気がする。だから私が厳しく見張っておかないと。まあ、こうは言ったものの実際そんなことになったら私の方が寂しくて一日も持たないだろうけどそれは秘密だ。


「うぐっ。わ、分かったわよ。でも本当に気を付けるのよ。どんな男や女だって貴女の前では野蛮なサルも同然なんだから」


「またそんなこと言って。第一告白だってされたことないんだし気にしすぎだよ」


「告白! そんなことされたらすぐ私に言うのよ」


「分かったって」


 その後もなんだかぶつぶつ言っているお姉ちゃんを宥めながら時が過ぎていく。こんな幸せな日々をこれからも送れるように頑張ろうと思えた、そんな日だった。でも、この話題はあんまりよくなさそうだからやめておこうかな。









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