第49話
「ようやく終わったね」
「ええ」
「流石にここからあそこの小学校に通うのは疲れたね。いつもより1時間ぐらい早く出ないと間に合わなかったもんね」
今日私たちはかれこれ8回目となる卒業の日を迎えた。引っ越し先は学区外になってしまったが、こんな時期に新しい学校へ行くのもなんだと、先生たちのご厚意で今まで通りの学校に通っていたのだった。
「今日でこの苗字とも完全にお別れだね」
「変える必要も感じられないけど、法律でそう決まっているから仕方ないわ」
いろいろ事情を詮索されないために、小学校卒業までは廻夜の姓のままにしてもらっていたが中学からは新しい姓を使うことにしていた。お父さんたちとのつながりがまた一つ切れることで、また複雑な気持ちになってしまう。
「中学校からは
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。」
「……今更過ぎる話だけどさ、本当に良かったの? あの中学に行かなくて」
引っ越してきたこの新しい家も一応いつも受けていたあの中学に通える範囲だったのだが、手続きやら何やらで忙しかったことやそもそも通う気がないということで今回は受験すらしていなかったのだ。受ければ必ず受かるだろうにどうして受けなかったのだろうか。もはや今更だけど気になってしまったので聞いてみると、
「別にどの学校に行こうが何も変わらないもの。中学、高校の範囲なんてすでに全て覚えているし、それに華と一緒じゃなければ意味がないもの。逆に私の方こそ聞きたいわ。責めるつもりはないけど、貴女こそどうして受からないわけ? 問題はそのままだったし、一度受かったこともあるのにどうして?」
「あはは、確かに疑問に思っても仕方がないよね。でもさ、普通に暮らしてたら問題なんてすぐに忘れちゃうじゃん? 受かった時はそりゃ、その前の人生でできる限り問題を暗記してすぐに死んだから覚えてたし、受かることもできたよ。でも結局受かったところで何も変わらないってことに気づいちゃったから、それからなんか勉強にも身が入らなかったし、受験のときも受かる気になれなかったんだと思う。」
自分でも本当にそうだったかは分からない。でも心のどこかで受かっても仕方がないと思っていたのは事実だった。それに、本来受かっていなかったのにずるをして入るのはいけないと思ったのもまた事実だった。
「そういうこと。……ならもう一つ聞くけど、前の中学じゃなくていいの?」
納得してくれたみたいで良かったけど、続く質問の意図が分からず聞き返してしまう。
「どういうこと?」
「……よく眞渋真依のことを口にするじゃない。感謝したいだとかなんとか。それなら、前の中学の方が良いのかと思って。……今ならまだ間に合うわよ」
「ああ、そういうこと。それなら、別にいいの。真依さんには確かにお世話になったし、いろんなことに気づくことができたきっかけでもあるから感謝したいとは思ってる。でももう私は救われたから」
「それがどうして行かなくていいことになるわけ?」
「きっとね、優しい真依さんのことだから私のことを放っておけなかったんだと思う。もちろんそれだけじゃないとは思うけど、積極的に声を掛けてくれたり、助けてくれたりしたのにはそういう理由があったと思う。でももう私は大丈夫。だから、その優しさはまた別の人に与えて欲しいと思うし、それに何より真依さんは覚えてないだろうから」
そう、覚えていないのだ。それがきっと一番辛いことかもしれない。でも、真依さんは確かに私の今を形作った一つだから、私だけが覚えているだけでいいのだ。
「そうね、確かにあちらは覚えていないのに話すのも変か」
「こっちは知ってるのに相手は知らないって結構なストレスだと思うよ。真依さんからしたら初対面だったときに、間違えて下の名前を呼んじゃったこともあるし。ってそうだ、いつか聞こうと思ってたんだけど、どうして忍さんは前のこと覚えているの? お姉ちゃんは何か知ってるよね」
聞こう聞こうと思っていたらいつの間にかこんなに時が過ぎてしまっていた。忍さんは私たちと違う階に住んでいるから、忍さんが夜ご飯を食べに来たりでもしないと滅多に会わないのだ。
「そうね。華も考えているようにあの人も私たちと同じように人にはない能力を、過去を思い出すという能力を持っているわ」
「……過去を思い出す」
「そう。まあ、あの人が言うには能力じゃなくて言霊らしいけど。それ以上は本人から聞きなさい。少なくとも私から言うことではないわ」
「ううん、ありがとう。疑問が解けた。もし機会があったら聞いてみるよ」
そういうことだったのか。言霊なんて名前まで知っているのならもっといろいろなことを知っているのだろう。機会があれば他のことも聞いてみたいと思った。
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