第47話




 家を出た後、少ししてお姉ちゃんがタクシーを呼んでくれた。タクシーに乗ってから新しい家に着くまで、私たちの間に一切の会話はなかった。タクシーから降りると、この前に話し合ったカフェが目に入る。何でもこのビルそのものが忍さんの持ちビルらしく、テナント用に空けていた階を改装して住居にしてくれたそうなのだ。


「やあ、よく来たね」


「お出迎えありがとうございます」


「はは、そんなかしこまらなくていい。今日からここが君たちの家なんだから」


「ほら、そんなの無視してさっさと入るわよ、華。付き合っていたら日が暮れちゃうわ」


 そう言ってお姉ちゃんは私の手を取って、そのままビルの中に入っていく。階段を上がり、扉を開けて中に入ると元の家とは違う何とも言えない独特の新しい家の匂いがした。それを感じた時にようやく自分が違う家に来たのだと理解させられる。


「それじゃ、ちょっと早いけどお昼にでもするかい? 鰻でもとろう。今日は君たちの門出だからね」


「はあ、そう言って自分が食べたいだけでしょう? まあ、出前を取るのは賛成だわ。でも、華の希望が一番よ」


「えっ、ああ何の話だっけ」


「お昼を何にするかって話よ。それで何がいいかしら?」


「何でもいいよ」


「そう。じゃあ鰻にしましょうか」


「分かった。すぐに連絡してくるよ。いやあ、何年ぶりだろうかなあ」


 そう言って電話をするために忍さんは奥に消えていった。残った私たちは持ってきた荷物と段ボールを片付けることにした。こっちにはもうすでにほとんどの荷物は送られていて、と言ってももともと微々たるものだが、後は荷ほどくだけの状態だった。この家では私たちはそれぞれに部屋を持つことはなく一緒の部屋で暮らすことにした。


 荷ほどきに一段落ついた頃、『届いたよー』と忍さんから声がかかったので、部屋を出てリビングダイニングに向かう。


「いや~、鰻重だよ、鰻重。鰻丼じゃなくて鰻重。ほらほら、早く席について。君たちの輝かしいこれからに乾杯しようじゃないか?」


「やけにテンションが高いわね。そんなに鰻が楽しみなの?」


「ふふっ、それもあるけどね。ただ単純にうれしいんだ。君たちがあの両親たちから離れて暮らせるようになったのが。ほら、前は優君だけだったからね」


「……そうですか」


「まあ、そんなことは良いんだ。楽しくいこうじゃないか」


 そうして三人で一緒にお昼をいただく。そうか、もうお母さんたちと一緒に食卓を囲むこともないのか。お母さんのご飯を食べることもなければ、お父さんに勉強の様子を聞かれたりすることもないのか。そんなことを考えていたら、折角の鰻もあんまり味わえなかった。


 食べ終わると『私はやることがあるから、もう行くよ。姉妹水入らずのんびり過ごしな』と言うとすぐに帰ってしまった。まるで嵐のような人だった。言葉がつらつらと出てきて、留まることを知らなかった。忍さんがいなくなると途端に静かになってしまう。あの監禁されていたときと全く変わらないはずなのにどうしてそんな風に感じてしまうのか。


「ねえ、お姉ちゃん?」


「何かしら?」


「……これで、これで良かったのかな?」


 もうお互いに必要ないだろうと思っていたのにいざ離れてしまうと違う道があったのではと考えてしまう。もう離れるしかないと思っていたのに、他の方法があったのではないかと、今更そんなことを考えてしまったのだ。だから、お姉ちゃんに私の選択が良かったと肯定してほしくてそんなことを聞いてしまう。すると、お姉ちゃんは少ししてから答える。


「さあ? 分からないわ」


「分からないって、そんな」


「少なくとも私が思っていた結末ではなかったわね。ただこの選択が悪いとは思っていないわ。今の時点では何も言えないし、そもそも私が言うことではないわ。その選択が良かったのか、悪かったのか、それを決めることができるのは未来の貴女だけ。今この時の選択が正しかったと、良いものであったと、この先言えるようにこれから頑張っていくしかないのよ」


 そう言われて妙に心に来るものがあった。ああ、そうか。私は不安になっていたんだろう。今まではなんて自分で考えたことはあまりなかった。いつだって誰かの選択に、意思にただ従ってばかりだったから、自分で選んだ道に自信がなかったんだ。肯定も否定もしないお姉ちゃんのその言葉でようやくそれに気づくことができた。そうだよね、私が、私自身が私の選んだ道を良いものにするんだ。


「ありがとう。そうだよね、これからそれを証明していかないとだよね」


「そう。何かの助けになったら良かったわ」


 お姉ちゃんはきっと自分で道を切り開いてきたのだろう。その行動や態度に自信が満ち溢れていて、いつだって自分が正しいかのように振舞っているのにはそういうわけがあったんだ。そうだ、私はそんなお姉ちゃんが一人にならないように支えていくんじゃないか。だからこんなところで迷っていてはいけないんだ。






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