第52話



「なるほど。それで私に相談を」


 あれから結局告白されたことやその返事について聞く機会を逸してしまい、真意は聞けないままだった。なるべく気にせず、いつも通り振舞っていたつもりだったが、どうしてもそれが頭から離れない。でも、そんなことを相談できる相手なんてお姉ちゃん以外におらず、途方に暮れていた。そんなときに忍さんの存在を思い出し、今日相談に乗ってもらっているのだ。お姉ちゃんには、忍さんと二人で出かけることをよく思われなかったが、なんとか納得してもらってこの場までこぎつけた。


「はい。それでどう思いますか? 私はどうすればいいんでしょうか?」


「ちょっと待ってくれ。——少し状況を整理させてくれ」


 そう言うと、忍さんは少し前に頼んだオレンジジュースを口に含んだ。万が一にもお姉ちゃんに聞かれたくなかったので家から遠いカフェで話し合うことにしたが、忍さんが頼んだのがコーヒーじゃないのは意外だった。そんな考え事をしていると、忍さんは指を立てながら理路整然と話し出す。


「まず、君は体育祭の後に優君が告白されたところを目撃し、返事も聞かずその場を離れた。その後、彼女から告白の話はされず、もやもやが募っていく。なぜ話さないのかを考えていくうちに、もしかしたら自分は優君にとって邪魔な存在じゃないかと思い始める。部活に入らなかったのも君に合わせるためで本当は何かしたかったんじゃないか、自分が彼女にとってお荷物になってしまっているんじゃないかと考え、今に至ると。ざっとまとめるとこんな感じかな?」


「……そうです。お姉ちゃんは私がいるせいでやりたいことも満足にできていない。もしそうだとしたら、私がいない方が幸せになれるんじゃないかって」


「本気でそう思っているのかい?」


「……お姉ちゃんは優しいから、妹の私のためにいろいろしてくれるけどホントはもっと他にしたいこととか、……もっと好きな人がいるかもしれない」


 私たちは姉妹だからこんな風に関わっているけど、きっと姉妹でもなんでもなかったら一生関わることはなかったと思う。それほどまでにお姉ちゃんと私には天と地ほどの差がある。


「はあ。重症だね。よしっ、じゃあ一つ考えてみようか。もし仮に、仮に優君がその告白してきた男の子と付き合ったとしたら君はどうするんだい」


「どうするって、……応援すると思います。お姉ちゃんの人生だから」


「本当かい?」


「……少なくともそうしたいとは思っています」


 私はお姉ちゃんにたくさんもらったから、お姉ちゃんからこれ以上何かを奪ったりしたくないのだ。お姉ちゃんが他の人と抱き合ったりキスしたりするのを考えるとなぜか泣きたくなってしまうがきっとこの感情は正しくない。だからこれは隠さないと。そう思っていると、忍さんはいつかのお姉ちゃんのように、天を仰ぐと大きなため息をついた。


「はあ~。まあ、実際はこんな仮定には何の意味もないのだけど。——君たちは本当に面倒な姉妹だなあ」


「め、面倒って」


 人が真剣に悩んでいるというのに。


「だってさあ、君たち、まだ毎日キス続けているんだろう?」


「キッ……それは、そうですけど。それが?」


「どうしてそれで分からないんだい? 私は新手の惚気話を聞かされている気分だよ。というか一度よく考えてごらんよ。どこの世界に、妹を死なせたくないからと監禁までする姉がいるんだい? それほどまでに君を愛しているからだろう?」


「じゃ、じゃあ、どうしてお姉ちゃんは告白のこと何にも言ってくれないんですか。やっぱり私に興味を無くしちゃったから」


「あ~あ~、もうどうしてそう悲観的に物事を捉えるんだ。そんなの報告するまでもないどうでもいいことだからに決まっているじゃないか。あの優君に君以上に大事なことがあるわけないだろう。はあ、姉が姉なら妹も妹だな」


「そんな、じゃあ最初っから私が勘違いしていただけってことですか?」


「だからそう言っているだろう? 最初から問題なんてなかったんだよ。——とはいえ私も探偵だ。相談されたからにはきちんと答えを出したい。私からすれば、優君から君への愛は疑いようもない。優君は君とどうなりたいかしっかり考えているように思える。だが、君はどうなんだ? 君は彼女のことをどう思っているのか? 無論、愛しているのは分かる、が、その輪郭はひどく曖昧だ。将来どんな距離感でいたいのか、どんな関係になりたいのか、それがぼんやりしているように思える」


「そんなことは……」


 言われてみれば確かに私はお姉ちゃんを支えるとか一人にしないとか言いながら何にも決めていなかった。お姉ちゃんの方から動いてくれるのを待っているだけだったような気がする。


「まあ、それは一人で考えることでもない。君の大好きなお姉ちゃんとともにゆっくり考えるといい。ああ、ただ話し始めは気を付けた方がいいかもしれないな。不安だったなんて言ったら即監禁コースだ。それをゆめゆめ忘れないようにな」


「えっ? あ、はい。ありがとうございました」


 最後の方は何を言っているか分からなかったが、ようやく頭の中が整理されたように感じる。何を考えるべきか明確になった気がする。すぐに結論を出せることではないがついにそのことに正面から向き合うときが来たのかもしれない。



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