第32話

 何かと思い足に目を向けると何やら武骨な足枷が見えた。混乱しているうちに開いているもう片方の錠がベッドの足につけられていった。じゃらじゃらという鎖の音が響いた。


「え、え、ちょっと何をしてるのお姉ちゃん?」


 少しして、ようやく状況が分かってきた。いや何これ。お姉ちゃんに手錠、いや足錠? を付けられているのか? 状況を確認しても意味が分からない。


「ごめんね、華。手っ取り早くつけるにはこんな金属でできたものしかなくて。後で、肌に優しい革の錠に変えてあげるから」


「いや、そうじゃなくて。な、何をしているの?」


「うん?」


「うん? じゃなくて、どうして、足枷なんてつけているのって聞いているの」


 さっきから外そうとしているのに全然外せないんだけど。なんでこんなものを急にお姉ちゃんは私につけてきたのだろうか?


「だってこうでもしないと華が死んでしまうかもしれないでしょ? ああ、それにどうせ外せないだろうから暴れないで、華。怪我でもしたら大変だわ」


 そう言うとお姉ちゃんは一生懸命外そうとしている私の手を優しく包み込んでくる。


「お、ねえ、ちゃん?」


 優しくしてくれているはずなのに何だか怖い。笑っているはずなのに目が、目が笑っていない。どうしてしまったのお姉ちゃん?


「なんで? だって私の計画聞いてたでしょ? 中学卒業したら家を出ていくって、それまでもそれからも死ぬ気はないって言ったでしょ?」


「ええ、聞いてたわ。でも本当か分からないでしょ? それに私の目につかないところに行ってしまったらまた死んでしまうかもしれないじゃない? だからこうするしかないの。ねえ華、分かってちょうだい?」


 やっぱり私が嘘をついて死んだのを怒ってるんだ。


「分からないよ! 怒っているんでしょ? 前に嘘をついたのはホントにごめんって思ってる。でももうしないから、だから早く外してよ」


「それはできないわ。それに私は怒っていないわ。大丈夫、もう何も怖いことなんてないのよ。これで大丈夫だから」


 どうしよう。お姉ちゃんが全然私の言うことを聞いてくれない。


「……こんなことをしても、お父さんたちがすぐに来ちゃうよ。だから——」


「いいやあの人たちは来ないわよ。ああ、別に……死んではいないわ。ただ、あの人たちとは交渉したからこっちには来ない。華はもうあの人たちに会うことはないわ。これでいいんでしょ? あの人たちも生きていて、私も華も生きている。何も悪いことないじゃない?」


 言われてみれば、これだけ騒いでいるのにお父さんたちが来ないのはおかしい。


「でも、こんなことしなくても大丈夫だから。ね、お姉ちゃん? 普通に学校行ってそのまま家出する、それでいいでしょ? お姉ちゃんだって賛成してくれていたじゃない」


「ふふっ、とりあえず今日はもう寝ましょう。また、前のように一緒に」


「えっ、……まあいいけど。とにかく明日は入学式なんだから明日になったら外してよ」


 なんだか丸め込まれた気がするけど、今とやかく言ってもお姉ちゃんが外してくれることはなさそうなので大人しくお姉ちゃんと一緒に寝ることにする。右足のひんやりした感覚がお姉ちゃんの温もりに上書きされていく、そんなことを感じながら眠りにつく。

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