第4話

 無情にも時は過ぎていき、家族の対応は日に日に悪くなっていった。私は普通の公立中学に進学したのに学年1位も取れず、反面お姉ちゃんは県内屈指の進学校の校内模試で学年1位になったそうだ。それが原因でお父さんにはよく叱責され、お母さんにはまるでいないものかのように接されている。お姉ちゃんと私への対応を見ているとよく分かる。お姉ちゃんだけは唯一昔通り私と接してくれていたが、私の方がお姉ちゃんと今まで通り仲良くすることが難しく少しずつ距離が開いていった。


 私はもう一度お父さんやお母さんに振り向いてもらえるように必死に勉強を頑張った。そして、運命の合格発表の日が訪れた。お願い、受かって、そう願いながら確認した結果は不合格だった。私はまた期待に応えることができなかったのだ。


 お父さんたちにそう告げると、お父さんは一言私にこう言った。『もうお前には期待しない』と。そこで私は、私の心は完全に折れてしまった。今まで期待に応えるために、お父さんたちに認めてもらえるように頑張ったのに結局は無駄だったのだ。


 部屋で一人涙も流せずにうずくまっていると、ふと何かが頭をよぎる。なんだか前にも同じような状況があった気がする。一所懸命にその状況を思い出そうとしてみると……そうだ、昔に見た悪夢だ。あの悪夢とそっくりなんだ。ははは、なんだ結局私はこうなってしまうのか。


 それならば、そうであるならばと思い、私は何かに突き動かされるように遺書を書く。書き終えた遺書を封筒にしまい、深夜一人で家を出る。誰にも気づかれないようにこっそりと。そうして私は橋へと向かう。ふと空を見上げると、ほんの少し欠けた月がそこにはあった。確かあの時はきれいな満月だった気がする。どうせ死ぬなら満月の方が良かったな、なんて思ったがもう後戻りなんてできないし——。


 相変わらず人気はなく私は何にも邪魔されることなく欄干を飛び越える。私はほんの少しの未練とともに身を投げ出す。もしもなんて、くだらないことだけど思わずそれにすがってしまったのだ。


 遠ざかっていく月に私は思わず手を伸ばす。届かない、そんなことは分かっている。それでもきっと太陽よりは近いから。どこか遠く聞こえる鈍い衝撃音の後、私の腕は力を失い、重力に従って地に落ちた。


~~~


「はっ」


 そして私の意識は覚醒した。目を開けるといつも見ていた天井だ。妙に激しい鼓動を落ち着かせ、現状を確認する。周りを見るとここは病院などではなく自分の部屋のようだ。それに、今は3年前、私が小学6年のころのようだ。どういうことだろうか? 私はあの時橋から飛び降りて、それにあの高さなら……。——待てよ、なんだかこの感じ、覚えがある。確か前も似たようなことがあったような。


 そうだ、私は中学受験を前に悪夢を見たと思っていたはず。その悪夢と同じ轍を踏まないように頑張ってきたものの結局中学も高校も受験に失敗して飛び降りたんだった。また私は悪夢を見たのだろうか?混乱していると『二人とも早く起きてきなさい』と1階からお母さんの声が聞こえる。いつもよりずいぶん柔らかく聞こえるその声は確かに私が聞いたことのあるそれだった。何かおかしいと思いつつも学校に遅れるわけにはいかないと、すぐに着替えて1階に降りる。


 降りるとそこには、朝刊を読んでいるお父さんと朝食を作っているお母さんがいる。よく見ていたいつもの光景だ。


「お姉ちゃんはまだ来てない?」


「そうなの。食べ終わったら起こしに行ってきてくれる?」


「分かった」


 やっぱり、前と同じだ。お姉ちゃんが私より遅く起きることなんて1年に1度あるかどうかのことだから。でも、とりあえず今は何も考えないで朝食を食べ終えてお姉ちゃんを起こしにいこう。


 ごちそうさまをしてお姉ちゃんを起こしに2階へ上る。久しぶりにお姉ちゃんの部屋に入る。


「お姉ちゃん、起きてる? 入るよ」


 扉を開けるとやっぱりまだ眠っているようだ。お姉ちゃんを起こそうとベッドに近づく。


「もう朝だよ。ほら早く起きて?」


「あれ。は、華。どうして?」


「起きてこないから起こしに来たんだよ。早く準備して降りてきてね」


 お姉ちゃんが起きたので、自分の部屋に戻って支度を済ませる。ランドセルを持って下に降りる。それにしてもランドセルってこんなにも重いものだったなんて。お茶を飲みながらお姉ちゃんの準備が終わるのを待っていると、またお父さんから話しかけられた。


「華、最近勉強の調子はどうだ?」


「っつ……大丈夫、です」


「そうか、これからも励みなさい」


「はい」


 しっかり返事しようと思ったのになぜか緊張してしまい上手く答えられなかった。原因はあの夢だろうが、今はとりあえず頭の隅において落ち着いたら考えよう。

 

 そうして準備を終えたお姉ちゃんと一緒に登校する。それでも、この不思議な感覚について考えてしまう。そんなことを考えていると、お姉ちゃんに肩を揺さぶられる。


「ねえ、華」


「ん、なあに? お姉ちゃん」


「なあに、じゃないわよ。さっきから何度も呼びかけているのに無視してくれちゃって」


 どうやら考え事をしていたため上の空になってしまったみたいだ。

 お姉ちゃんの話を無視してしまっていたようだから、今日のことについて考えるのは帰ってからにしよう。


 ~~~


 今日も一日、学校が終わり、家に着き部屋に戻る。本当は勉強しなければならないがこのままの状態では集中できない。とりあえず状況を整理しよう。私が覚えている限りでは、私は中学受験にも高校受験にも失敗してあの橋から身を投げ出したはず。そうして、気が付いたら今日目が覚めた。今日の授業も聞いたことがあった気がするし、記憶している限りでは、悪夢を見て起きたのも今日だった気もする。——つまり私は人生をやり直している、ループしているのではないだろうか。


 そう考えるといろいろと辻褄があう。今日だけでもいろいろなデジャヴを感じた。それもこれも2回目の人生だとしたら理解できる。いやもしかしたら、3回目かもしれない。前回は悪夢を見たと思っていたが、実際は人生をやり直していたのだろう。どうしてかは分からないが、これはきっと神様がくれたチャンスなのだろう。だとしたらこれを活かさない手はない。今度こそは、なんとしても今度こそは、お父さんやお母さんの期待を裏切らないように頑張らないと。

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