第5話
日が経つに連れ、私がループしていることの確信はどんどん深まっていった。流石に細かいところまでは覚えていないが何度も見覚えや聞き覚えのある場面を経験したし、勉強の内容だって分かる。これはかなりのアドバンテージだ。このまま頑張れば私だって、受かるはずだ。
「じゃあ、この問題分かる人?」
今は学校で算数の授業中だ。と言っても私は、入試に向けて過去問などを解いている。所謂内職というやつだ。本当はあまり褒められない行動なのは重々承知しているが、こうでもしないと受験に合格することはできないのだ。なぜなら学校では中学受験のための授業をしてくれるわけではないからだ。確か、中学校ではある程度高校受験対策みたいな授業はあった気がするがそれでも自分で頑張らないと他の人には追い付けない。私はただでさえ周りから遅れているのだから遅れた分他の人より努力しないと。
授業が終わり休み時間になるが別にやることは変わらない。友達と話したり、遊びに出たりする子がいる中、ただひたすら勉強をするだけだ。低学年のころから休み時間はそういう風に過ごしてきたので、今更私に話しかけてくるような子はいない。周りの子が羨ましいと思うときもある。それでも勉強しているのは、お父さんたちの期待に応えたいと思っているからだ。そう考えながら勉強していると不意に机がとんとんと叩かれる。なにかと思いそちらに目線を向けると一人のクラスメイトが声を掛けてくる。名前は何だっただろうか?
「ねえねえ、優ちゃんがこっち来てだって」
何のことだろうと思い扉の方を見ると、確かにお姉ちゃんが私に向けて手招きしている。教えてくれた子にお礼を言いつつ、お姉ちゃんのもとへ向かう。
「どうしたの? 何か用があるの?」
「いや、特に何か用があるわけではないんだけど、……まあここではなんだし、移動しましょうか」
そう言ってお姉ちゃんは私を連れて校庭へと出る。ちょうど木陰に入っているベンチが空いていたので二人でそこに座る。
「双子だと同じクラスになることがほとんどないから話すにしてもわざわざ別のクラスに行かなきゃならないのは面倒ね」
「別にそんなことしなくても家で話せるじゃん」
「そうだけど、最近華、すぐ部屋にこもっちゃうから家でもそんなに話してないじゃない」
まあ確かに、行き帰りで話すことはあっても家では勉強したいし、お父さんたちがいると気が散っちゃうから部屋にこもりがちではある。
「そりゃお姉ちゃんたちと話すより勉強したいし、っていうか何か用?」
「前までは普通に喋ってたじゃない。まあいいわ。さっきも言ったけど話したいことは特にないわ。ただ、ずっと勉強しているだけじゃ華の気が滅入っちゃうと思ったから連れ出してきただけ」
学校で話しかけてくるなんて珍しいから何事かと思ったけどそんなことか。お姉ちゃんはなんでもそつなくこなすし、身内贔屓を除いてもかなりの美人だから学校でも人気の人である。周りに人が絶えないからあまり学校内では話すことはないのにどういう風の吹き回しだろう?
「別に気が滅入ったりしないけど」
「気づかなくても体は疲れているものよ。だから適度にリフレッシュしないといけないの。それに知ってるかしら、華。運動を全くしない人より適度に運動している人の方が頭が良くなるのよ」
「……そりゃどこかで聞いたことはあるような気はするけど」
「でしょ? だからずっと座って勉強するんじゃなくてたまには外に出歩くぐらいのことはしないと。それに最近華が頑張って勉強しているから気分転換が必要だと思って。やっぱり勉強だけだと疲れちゃうでしょ? たまにはこういう時間も取らないと」
お姉ちゃんはベンチから足を投げ出し、ブラブラさせながらそう言う。のんきにそんなことを言うお姉ちゃんになぜかほんの少しだけモヤっとしてしまう。
「あのね、お姉ちゃんは今のままでもどうせ受かるだろうけど、私には無理なの。もっともっと勉強して、それでやっと受かるかどうかなの。もういい? そろそろ休み時間も終わっちゃうし、勉強もしたいから」
思った以上にとげのある言い方をしてしまった。別に次の授業までは時間もあるし、今はそんなに勉強する気にもなれないから話す余裕はまだまだあるのに。ただ、今はそういう風な言葉を聞きたくなかった。なんでもできてしまう人の余裕ある言葉を。
「——そうね、ごめん。邪魔して悪かったわ。……でも何かあったらすぐに私に相談するのよ。勉強でもなんでもいいから」
「うん、分かった」
そう言いながら私は立ち上がる。お姉ちゃんに気を遣わせてしまって、申し訳ない気持ちがあふれてくる。それでも、今はお姉ちゃんに構っている時間などないのだ。今この人生はきっと神様が私に用意してくれた救済なんだろう。そうだ、そう考えたらその恩に報いるためにも私は今よりもっと勉強しよう。
そうして月日は流れ、万全の状態で受験に臨んだ。しかし結果として私の番号はまた載ることはなかった。また、お父さんには怒鳴られてしまった。どうして、私はダメなのか。また、ダメなのか。
ただ、それでも分かったことがある。多分受験の問題は変わっていない。前までは落ちたショックだったり、他の勉強のために試験問題をじっくり解きなおしたりすることはなかった。しかしよくよく思い出してみると、確かにこの問題を解いた覚えがある。
どうせ私なんかには無理だ。私なんかがそのままで、この先も高校に受かれるはずがない。どうせ無理なら、次の人生に賭けよう。どうやったらやり直せるか分からないし、もうやり直すことはできないかもしれない。それでももはやそうするしか方法はない。できるだけ問題を覚えて、すぐに飛び降りよう。死んだら死んだでそれでかまわないし、もし戻れたら万々歳だ。
そうして、家族が寝静まったころを見計らい静かに家を出る。今日はあいにくと雲が出ていて月が隠れてしまっている。それでも周りは月明りなんか関係なくギラギラと明るい。橋まで行くと一気に辺りは暗くなりところどころにある外灯が寂しく周囲を照らしている。これが最後になるかもしれないのにこんな天気で残念だ。何回飛んでも慣れないこの浮遊感に邪魔されつつも問題を忘れないように努める。そうして私の意識は薄れていく。
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