第62話
寝る前はあんなに不安だったのに、どうやら深く眠れていたようで自然に起きることができた。ゆっくりと目を開けるとお姉ちゃんと目が合った。
「んん、おはよう」
「おはよう。もう少し寝ていたら?」
「ううん、起きる」
お姉ちゃんは優しい笑みを浮かべ、私の頭を撫でてくる。その優しい手付きにまた夢の世界に旅立ちそうになるが、なんとかこらえて起き上がる。目を擦りたくのを我慢して、ベッドから降りて洗面所へ向かう。いつも思うけど、お姉ちゃんは一緒のタイミングで寝ているのにどうして毎回私より早く起きられるんだろうか? ぼんやりとそんなことを思いながら顔を洗って意識を覚醒させる。ああ、そうだ、今日伝えるって決めたんだった。
どう伝えようか考えながら朝食を取る。当然上の空になってしまい、話がかみ合わないことが何度もあった。そんなことがありつつ朝食を取り終え、諸々の家事も一段落し、二人で一息つく。和やかな時間がそこにはあった。私がこれから伝えることはこの時間を壊すことではないのか、お姉ちゃんのことを考えたら言わない方がいいのではないのか。そんな風に伝えない理由ばかり考えてしまう。
もうそろそろ夏休みが終わるからせめてその後にしないかと自分の弱い心がそう囁いてくる。伝えない方に天秤が傾いていたところでお姉ちゃんから声を掛けられる。
「どうかしたの? そんなに浮かない顔して。——あの人に言われたことなら何も気にしなくていいのよ。私がなんだってしてあげるから」
ただ純粋に私を心配してくれるお姉ちゃん。その優しい微笑みを見るだけで私は無条件に安心してしまうのだ。何も言わなくてもきっとお姉ちゃんは文字通りなんでもしてくれるのだろう。私の心の内なんて知らなくても。だからこそ私は今日伝えることを改めて決意した。
「お姉ちゃん、大事な話があるの。聞いてくれる?」
すると、お姉ちゃんはほんの一瞬だけ目を丸くしていたが、すぐに笑顔を取り戻して『もちろん』と答えてくれた。私たちはお互いに向き合うように座りなおした。しかし私は話し始めようとするも、どう切り出せばよいものか分からず言葉に詰まってしまう。お姉ちゃんはそんな私を急かすこともなく、待ってくれていた。ざわつく心臓を押さえつけるように深呼吸をする。
「あのね、私、お姉ちゃんのことが好きなの」
「ありがとう。私も華のことが好きよ」
「違うの。私はお姉ちゃんのことを……その、愛してるの」
「ん? 何が違うのかしら。私も華のことを愛してるわ」
どうしよう、全然分かってくれない。違うの、そうなんだけど違うの。どうやったら理解してくれるか悩んでいるとお姉ちゃんがそんな私を見かねてか、口を開く。
「焦らなくても大丈夫よ。ゆっくり考えて、それを口にしてくれればいいのよ」
その言葉で焦りが消えていくのを感じる。少なくともお姉ちゃんはすぐに私を拒絶しないと思えた。だから私は言われた通りに時間をかけて、できるだけ自分の中の感情を正確に言語化するように努めた。
「お姉ちゃんは私のことを家族として、姉妹として愛してくれているかもしれないけど、私は違うの。私のは多分家族への愛情じゃなくて恋愛的な愛情だと思うの。お姉ちゃんが誰かと付き合ったり、結婚したりすることを思うと嫌なの。ホントは祝福しなきゃいけないのに」
一息にそう伝えてもお姉ちゃんはそれでも納得していないようだった。
「……きっと昨日のことで混乱して勘違いしているだけよ。もう少しよく考えてみなさい」
「ううん、昨日はきっかけだっただけで、前からずっと考えてた。お姉ちゃんが告白されたときもすごい嫌だったし、忍さんと親し気に話しているときもモヤモヤしたの。だから——」
「分かった。とりあえず分かったわ。それで、これを伝えて華はどうしたいの?」
お姉ちゃんは私の話を遮ったかと思うとそんなことを聞いてくる。お姉ちゃんのその問いは私がずっと考えていたことで、そしてようやく答えの出せたものだった。
「お姉ちゃんとずっと一緒にいたい。結婚とかしないで、私とずっと一緒にいてほしい」
私は懇願するように、いや実際お姉ちゃんに懇願していただろう。しかし、お姉ちゃんはそんなのは当たり前だといった様子で返してくる。
「それは、姉妹とどう違うのかしら? 今まで通りでいいの? 何か変えたいから言ってくれたのよね?」
「それは……」
その通りだった。お姉ちゃんが誰かに告白されたのを聞いた時から誰にも渡したくないと思ってしまった。多分その時から少しずつ意識するようになって昨日ついに知ってしまった。実の姉に邪な気持ちを抱くなんて思ってもみなかったけど、もはや自分をごまかすことはできなかった。気づいてしまうとどうしようもなく意識してしまい、昨日はそんな目でお姉ちゃんを見ないように必死だった。
恋愛的に想っていることをお姉ちゃんに伝えることはとても勇気が必要だった。でも言わずに一緒にお風呂に入り続けたりしたら、お姉ちゃんに申し訳ないと思ったから頑張れた。だからそれで察してほしい。だってこれをそのまま言うのは流石にハードルが高いよ。そんな風に私が言い渋っていると、真剣な目をして、『ちゃんと教えて、華。言ってくれないと分からないわ』とお姉ちゃんが聞いてくる。その真摯な眼差しに耐えきれず、もうどうにでもなれととうとう言ってしまった。
「……エ、エッチとか」
そう言うと、私たちの間に一瞬にして静寂が訪れた。恥ずかしいやら情けないやらでお姉ちゃんの顔をまともに見ることができなかった。私は慌てて弁明する。
「ごめん、姉妹なのにこんなの気持ち悪いよね。大丈夫、これからはなるべく変なこ——」
言い終える前にいつの間にか横に来ていたお姉ちゃんに抱きしめられる。
「ありがとう、華」
「な、なんで? 気持ち悪いでしょ? いいんだよ、無理に付き合わなくて」
「ううん、そんなことないわ。言うのは辛かったでしょう。正直に言ってくれてありがとう」
もう耐えることはできなかった。お姉ちゃんに嫌われるかもしれないと思っていたのにこんなことされたら……。私はお姉ちゃんに縋りつくようにして泣いてしまった。
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