第61話
私がそう聞くと、一瞬にして場が静寂に包まれた。何も言わない二人にやっぱりと思い、泣き出しそうになっていると、忍さんがこらえきれないといったような様子で笑い始めた。
「な、何が可笑しいんですか?」
「くふっ、い、いやすまない。馬鹿にするつもりはないんだ」
「どうしてそう思ったのかしら?」
笑っている忍さんとは対照的にお姉ちゃんは静かに淡々と理由を聞いてくる。その冷えた雰囲気に気圧されつつ、私はそう思った理由を話す。
「だってお姉ちゃん、忍さんに対してだけすごい気安いし、忍さんもお姉ちゃんのその辛辣な態度を怒るでもなく笑ってるから。それに、お姉ちゃんたち私に隠れて会ってるでしょ?」
「ねえ華、私言ったわよね。誰とも付き合ったことはないって。忍とはただ付き合いが長いだけ」
少しとげがあるように聞こえたのは気のせいだろうか? でもごまかしている様子は一切なくただ事実だけを話してくれているようで、続く忍さんの言葉もその事実を認めるものだった。
「そうだね。私たちの間には君が考えているような仲はないさ。勘違いするとは思わなかったが優君とたまに会ってるのもそういう用事ではないから安心してくれ」
「……そう、ですか」
何だ、良かった。付き合っていないことを知ってほっと胸を撫で下ろす。ああ、こんな風に思うってことはそういうことなんだろう。もう認めるほかない。お父さんと話した後、ずっと一人で考えていた。私にとって何が一番大事なのか。認めてしまえばこんなに単純なことだった。形は変わってしまったかもしれないけど昔から変わっていなかった。
「疑ってしまいすみません」
「ふふ、気にしないでくれ。おっと、もうこんな時間か。私はそろそろお暇しようか」
二人に迷惑をかけたことを謝ると、忍さんは笑って許してくれた。もう帰ると言うので、変なことを聞いた分、せめて家まで送ろうと申し出る。
「じゃあ、上まで送っていきます」
「それじゃ、お言葉に甘えようかな」
そんなことしなくていいと言うお姉ちゃんを置いて忍さんと二人、外に出る。やっぱり、お姉ちゃんは忍さんに対して遠慮がなく、とても仲が良いように思えるけど、お姉ちゃんたちの言葉を信じよう。そうして二人きりになったところで改めて謝罪の言葉を口にする。
「あの、本当にすみません、変なこと聞いてしまって」
「いや、いいんだ別に。こちらこそ、答えてくれてありがとう。答えづらかっただろうに」
「いえ、何かのお役に立てたなら良かったです」
ただ階段を上るだけなので、特に時間もかからず忍さんの家の前に着いた。もういいかなと思って帰ろうとすると、ぽつりと『答えは見つけられたかい?』と言われる。一瞬何を言っているのか分からなかったけど、すぐにあのことかと気が付いた。そして、私は控えめに、されど自分を鼓舞するように力強く『はい』と答えた。
家に戻り、いつものようにお姉ちゃんと一緒にお風呂に入る。洗いっこを終え、一緒にお風呂に浸かりながら今後のことを考えていた。いずれお姉ちゃんには伝えるべきだと分かっているけど、……どうしても怖い。もし拒絶されてしまったらと考えるだけで、身がすくむ思いだった。伝えてしまえばこの時間も失われてしまう、でもそうしないのはお姉ちゃんに対する裏切りなのではなどといった考えが頭をぐるぐると巡っていた。とうとうお姉ちゃんに心配されてしまったので、とりあえずその思考をどこかへ追いやり、何とか平静を保つことにした。
お風呂から上がった後、二人で洗い物を終える。そうして今日はもう遅いからと自分に言い訳をして、眠りにつくことにした。
「なあに、華? どうかした?」
ベッドに入るや否やお姉ちゃんを抱きしめると、不審に思われてしまったようでそんなことを聞かれる。確かにいつもはそんなことしていないし、ましてや今は夏だからこのままだと暑苦しいだろう。でも今日はそうしたい気分だったのだ。
「ううん、何でもないの。ただ抱きしめたくなっただけ。だめかな?」
「だめなわけないでしょ」
お姉ちゃんの許可が出たので堂々と抱きしめる。私はずるい人間だ。お姉ちゃんが拒むはずがないと思っていたのだから。私の気持ちを伝えてしまったら、もうこんなことができるか分からない。だから伝える前に、少しでもお姉ちゃんの温もりを覚えていられるように優しく抱きしめる。
明日、明日は必ず伝えるから。隠し続けるには、見ないふりをし続けるには、大きくなりすぎたこの気持ちを。だから今日だけは、言わずに逃げることを許してほしい。お姉ちゃんの甘い匂いに包まれながらそんなことを思い、徐々に私は意識を手放した。
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