第60話(姉視点)
「さて、話も済んだことだし戻りましょう。——華?」
話も終わりあの人も帰ったので帰ろうと声を掛けたものの反応がなかったので、肩を揺らす。どうやら何か考え込んでいたようだったが、すぐに返事をしてくれた。
「あ、ごめん、何?」
「部屋に戻ろうかと言っただけよ。華、あの人の言うことなんて気にしなくて大丈夫よ。もし何か華が欲しいものがあったり、やりたいことがあったら全部私が叶えてあげるから」
「……うん、ありがとう」
「もう帰ってしまうのかい? 私ともお話しようじゃないか」
席を立とうとすると、後ろから声を掛けられる。そう言えばこいつもいたんだった。
「話すことなんてないでしょ? ほら行きましょ」
「えっ、いいの?」
「いいのよ、どうせやることなくて暇なだけなんだから」
「最近事件が一段落したから、構ってくれたっていいだろう? 全く。——ああ、そうだ。今日は一緒に夜ご飯食べようと思うんだが、華君、どうかな?」
「私? も、もちろん、いいですけど」
そう言うと、華は私の方を見てくる。
「華がいいなら私が言うことはないわ。じゃあ、行きましょう」
「じゃあまた後でね、バイバイ」
「ちょっと待って。失礼します」
華の手を取り階段を上って、私たちの家に戻る。まさか、あの人が訪ねてくるなんて思っていなかった。激情に駆られて怒鳴り散らかしに来たわけではなかったのは良かったが、華が心配だった。
「華、大丈夫?」
「ん? 何が?」
「あのh……お父さんに会って辛くなかった? 何ともない?」
「ああ、うん。思うところがないと言ったら嘘になるけど、思ってたより全然なんともないの。それに、こういう風に会えることをきっと望んでいたから」
「そう。じゃあ、さっきのことだけど、遠慮してないかしら? あそこでは断りづらかっただろうけど、もし嫌だったら正直に言っていいのよ。私から断るから」
「いやいや、そんなことないよ。……それに聞いてみたいこともあるし」
「分かったわ。じゃあ、今日の献立を考えないといけないわね。まあ後でいいか。じゃあ華、また一緒にピアノでも弾く? それとも——」
「ああ、やっぱり、ちょっと疲れちゃったみたいだから一人で少し寝てくるね」
「そう。本当に大丈夫なのよね?」
「うん、夜ご飯のときに起こしてくれる?」
そう言うと、華は部屋に籠ってしまった。無理もない、精神的に大きな負荷がかかっただろうから。起こさないようにリビングで、記憶に基づいて資産運用でもしておきましょう。
目立った変化がないことを確認しながら、売買をしていると不意にインターホンが鳴った。確認したら忍だったので、無視して伸びをする。もうこんな時間になってしまったか、下ごしらえを始めないとな、などと考えていると再びインターホンが押される。華の眠りを妨げたくなかったので仕方なく玄関に向かう。
「ねえ、流石に無視はひどくない?」
「まだ呼んでもいないのに来るからよ。なんでこんなに早いわけ? まだ晩ご飯できていないのだけれど。できたら連絡するから、一旦帰りなさい」
「彼が訪ねてきたことで君が華君を拘束しないか心配だったから気が急いてしまっただけだ。できるまで中で待ったっていいだろう。何なら私も手伝うし」
確かにそれを考えなかったわけではない。華が些末なことで煩わされないように家に閉じ込めておこう、と。だが、忍はいざとなればこの家に押し入ることができてしまうし、華もそれを望んでいる様子ではなかったから、きっとまだその時ではない。
「はあ、入れてあげるから余計なことはしないで。貴女料理できないじゃない」
「失礼な、私だってやろうと思えばできるぞ」
「昔、キッチンを血だらけにしたの思い出せていないの? とにかく、貴女の手伝いはいらないから」
「忍さん、もう来たの?」
悶着を起こしていたからか、華が部屋から出てきてしまった。
「華、ごめんなさい。うるさかったかしら?」
「ううん、別に。とりあえず、リビングに上がってもらったら?」
そうして、何もしないのも落ち着かないとほざく忍をリビングに置いて、華と2人で料理をする。華の作る料理はなんでも美味しいと思うが、最近はそれに磨きがかかっているように思える。華は、私の料理に勝てないだなんて言うけど、私にしてみたら華の料理の方が美味しい。二人で話しながら作業を進める。今日はカレーにすることにした。忍は若干甘めの方が好きだから、仕方なく普段よりは甘めに仕上げた。
「う~ん、美味しかった。優君たちの料理は素晴らしいね」
「お粗末様です」
「食べ終わったのだから、すぐに帰りなさいよ」
「もう少し話をしようじゃないか。——聞きたいんだ。彼と、父親と久しぶりに会ってみてどうだったか」
今までの雰囲気をがらりと変え、真剣な表情でそう聞いてくる忍。とっとと帰ってほしかったが、忍の家族の事情を知っている身としてはそんな風にされると邪険にできない。
「私自身は特に何とも思わなかったわ。華に悪影響を与えるならともかく、あの人に対しては初めから何とも思っていないから」
「ああ、君はそうだろうな。——華君は、どうだい? 差し支えなければ、聞かせてほしい」
私も華が何を思っているかには興味があった。二人で華が口を開くのを待っていると、少しずつ話し始める。
「最初は、驚きました。一年経ったとは言え、いや、たった一年しか過ぎていないのに会いに来るなんて思っていなかったので。お父さんの方から会いたいと言ったんですよね?」
「ああ、そうだ。無理そうなら、私の方から伝えてくれとも言われたが、できれば直接会いたいと」
「そうですよね。それから、お父さんの話を聞いて、お父さんのことを全然知らなかったことに気づきました。考えてみたら、お父さんは前の人生のこととか覚えていないんですよ。だから、今回の話を最初の人生で聞いていたら——」
「いたら?」
「もしかしたら違う道もあったのかなあ、と思いました。でも、そんな道は存在しないんですよ。こうすることでしか、こうしたから初めてお父さんのことを知れた。だから、他の道なんて考えても仕方ないんです。後、これはお姉ちゃんの受け売りですけど、選んだ道が正しかったかどうかはその時点では分からない、だからそれが正しかったと言えるように頑張る、結局そうすることしかできないんです」
「正しいと言えるように……」
「そうです。もう、いや初めから、過去を変えることはできないのですから。進みながら、選択を重ねながら、それらを正しかったと肯定できるようにするしかないと、お父さんに会ってより一層そう感じました」
華は、私が思っているよりも強くなったようだ。今はあの時とは違って生きる意志を感じる。自分の選択を受け入れて、その上で生きていく確固たる意志を。
「……そう、か。そうだよな。ありがとう、華。伝えてくれて」
「いいえ、私も声に出すことで思考を整理できたので良かったです。——それで、私も二人に聞きたいことがあるんですけど」
「何でも聞いてくれたまえ」
「もちろんいいわよ」
私と忍に聞きたいこととは何のことだろうか。そう疑問に思っていると華は大きく息を吸い、意を決したように質問してきた。
「お姉ちゃんたちは恋人同士ですか?」
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