第63話




 お姉ちゃんの胸に抱き着いたまま私は泣いていた。ようやく落ち着いてきたので、背中をポンポンと叩いて終わりの合図を伝えた。


「もう落ち着いたから離していいよ」


「まだこのままでいいでしょう?」


「……いや、もう大丈夫だから」


 冷静になって状況を考えると、なかなかカオスな気がする。告白した相手にそれを慰められるなんて恥ずかしすぎる。一度それに気づいてしまえば耐えることなどできず、お腹を押すようにして離れようとした。しかしお姉ちゃんの抱きしめる力の方が強かったので、抗うのを諦めてされるがままでいた。しばらくすると、満足したのか離してくれた。


「それで、もう大丈夫かしら?」


「だから、そう言ってるでしょ」


 ハンカチで涙を拭きながらそう答える。恥ずかしさがなかなか抜けず、顔が熱いままだった。きっと、傍から見たら真っ赤な私の顔が見られることだろう。しかし、そんな浮ついた気持ちも続くお姉ちゃんの言葉で吹き飛んだ。


「それなら良かったわ。それでさっきの話の続きなのだけれど」


 どきりと大きく心臓が跳ね上がった。そうだ、この雰囲気でごまかされていたけど、まだ問題は解決していない。お姉ちゃんがどう思っているのか聞けたわけではないのだ。私は固唾を呑んで続きを待った。


「私には貴女の気持ちが分からないわ」


 頭の中が真っ白になり、何かが音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。何とか声を発しようとするも言葉にならなかった。ああ、やっぱりだm『あ痛っ』——な、何だ、何かおでこに衝撃が。痛みはそれほどでもなかったけど驚いて声が出てしまった。前を見てみるとどうやらお姉ちゃんがデコピンをしてきたようだった。


「早とちりしないの。私が分からないのは、貴女が愛に家族愛だとか恋愛だとか、そうやって区別をつけるところよ。私にとっては貴女に対する感情こそが愛であって、華に向けるもの以外の愛なんてないの。だから、その愛に種類を付けることはできないし、その意味もない」


 続くお姉ちゃんの言葉に私はさっきとは違う意味で言葉を失った。その言葉はまるで、まるで……。期待してもいいのだろうか?


「だからね、そんなに卑屈にならないで。そんなことで華を嫌いになんてならないわ。いいえ、むしろそう思っていてくれて嬉しいわ」


「お、姉、ちゃん」


「ほら、もう泣かないの。まだ話は終わっていないのだから」


 感極まって泣き出しそうになったのを、頑張って抑える。ああ良かった、心の底から安堵する。これからもお姉ちゃんと一緒にいられる。そう思うだけで何があっても大丈夫だと思える。でも、まだ終わっていないってどういうことだろう。


「華、私はね、貴女のすべてが欲しい。その心も体も自由も何もかもを。そしてずっと、貴女と共に生きていきたい。誰にも渡したくないし、渡したりしない」


「うん。それが?」


 それは私も言ったことだと思うけど、それの何が問題なのだろう。


「もし華が一度受け入れてくれたなら、もう一生離したりしない。華が他の人を好きになったり、離れたくなってもね。もし離れようとしたら……」


「——したら、何?」


「まあ、とにかく覚悟を持ってほしいだけよ。だから、もう少しちゃんと考えなさい。後悔してほしくないから」


 そう言うお姉ちゃんの声は震えていた。お姉ちゃんに否定されなかったことで、余裕が出たのだろう、それに気づくことができた。お姉ちゃんも不安に思うことがあるのか。そう思うと、なんだかよりお姉ちゃんとの距離が近くなった気がして嬉しかった。


「どうして笑うの?」


「だって、お姉ちゃんが不安そうにしてるから。いつも自信満々だから、そんな姿を見ると何だか可愛いなって」


「……はあ、私のことを何だと思っていたの? ええ、そうね。これが不安なのでしょうね。貴女のこと以外なら何も不安に思うことはないのに」


「それならもう大丈夫、安心して。私もずっと一緒にいたい。私のすべてをあげるからお姉ちゃんも私にすべてをくれる?」


「後悔はしない?」


「もちろん。むしろお姉ちゃんの方こそ私に愛想を尽かさないでね」


「……分かったわ」


 そう言うと、お姉ちゃんはゆっくりと私に近づき、私の頬を両手で抑えてキスをしてくる。突然のことで驚いたけど、喜びを持ってそれを受け入れる。気持ちを伝えたときは、こんな風にまたキスができると思っていなかったからその幸福を噛み締めながら、お姉ちゃんとのキスを楽しんだ。


「ふう、なあに、急に? でも、これで晴れて恋人同士だよね? でも、姉妹でもあるし、何て言えばいいかな?」


「別に名前なんてどうでもいいでしょう? 私たちが自分の関係に満足していたら」


「それも、そうか」


 ああ、こんなに幸福なことがあっていいのだろうか? そんな他愛もないことを考えてしまうぐらいに幸せだ。頬が緩んでもとに戻らない。ああ、勇気を出して言って良かった。あの時の私を褒めてあげたい気分だ。そうして、私たちは8度目の人生にして、全くの新しい関係になったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る