第64話
今までの人生で一番の幸福を享受していると、またお姉ちゃんが近づいてくる。改めて、もう一度キスをしてくれるのかと思い、目を瞑ってそれを待った。しかし期待していた感触は訪れなかった。代わりに腰に手を当てられ、その瞬間体が椅子から離れ持ち上げられる。
「ちょ、ちょっと何?」
抗議するもお姉ちゃんは何も答えてくれず、横抱きのまま二人の寝室に向かっていく。暴れた方が危ないと思い、大人しく抱かれたままでいると、ゆっくりとベッドに降ろされる。そしてそのまま私の上に馬乗りになるようにして乗っかってくる。
「もう眠くなったの? まだ寝るの早いと思うけど眠いなら一緒に寝ようか」
しかし、どうしてかしばらく経ってもお姉ちゃんは何も言ってくれない。体重を掛けられているわけではないから、辛くはないけど、身動きがとれない。お姉ちゃんは無言のまま、私の髪を掬いあげるようにしておでこの方から頭を撫でてくる。表情は笑っているように見えたが、その目は据わっていた。なんで何も言ってくれないの。もしかして、何か怒らせるようなことしちゃったのかな。
「ご、ごめん。私何か怒らせることしちゃった? 何か言って。も、もうしないから、見捨てないで」
幸福から一転、お姉ちゃんに見放される最悪の事態が頭をよぎり、縋りつくようにしてお姉ちゃんを見上げる。何を間違えてしまったのだろうか、どうすればよいのか、そんなことを考えているとお姉ちゃんに抱きしめられる。覆いかぶさるようになっているからお姉ちゃんを鼓動を、匂いを感じることができ、不安が薄れていった。安心していると、ようやくお姉ちゃんの声が聞こえた。
「どうして、どうしてそう思ってしまうの?」
「……お姉ちゃん?」
耳の近くで聞こえるその声は、今まで聞いた中で一番弱弱しい声だった。初めてのことで混乱しているとお姉ちゃんはか細い声で話を続ける。
「私なりに確かに愛を伝えてきたつもりだった。なのに、事あるごとに貴女はそれを疑い、不安に陥ってしまう。昨日だって忍と付き合っているのか聞いてくる始末。私の愛は少しも伝わっていないようね」
こんなに不安げな様子のお姉ちゃんの姿は見たことがなかった。私が不安に思うことでお姉ちゃんまで不安にさせていたなんて。
「ご、ごめん」
「いいえ、謝ることはないわ。あの人たちのことがあったのだから、貴女がそう思うのは仕方ないことよ。ただ、私がそれを越えて伝えきれなかったのが悪いのだから」
そう言われた瞬間、腑に落ちた。私がどうしてお姉ちゃんを信じられなかったのか。私は怖かったのだ。また、愛を失うことを。自分だけが相手を愛せば、失うことはない。愛に気づかず、もともと愛されていなかったと思えば、また失ったときに言い訳ができるから。最初からなかったのだと。でもその考えがお姉ちゃんを苦しめていたんだ。
「お姉ちゃんは悪くないよ。愛してくれていることを信じられなくてごめん。これからは疑わないから」
お姉ちゃんを慰めようと決意を伝える。そう言いながらも心のどこかではきっとまた疑ってしまうのだろうと思っていた。気づいたところでそれを変えることができるかは別問題なのだ。
「そう、それならいいのだけどね。でもね、私だって傷つくわ。いつまで経っても分かってくれないのだから」
そう言われると何も言えなくなってしまう。私の心が弱いばっかりにお姉ちゃんを傷つけてしまった。申し訳なくて、いたたまれない気持ちでいっぱいになっているとお姉ちゃんは体を起こして私の目を見てはっきりと言う。
「だからね、私決めたの。貴女のすべてをもらうと。キスだけじゃ足りない。貴女には体の隅々まで私の愛を知ってもらうの」
その目はどろどろと濁っていて、狂気を含んでいた。だけど、息がかかるほど近いその目には私しか映っていなかった。それがどこまでも嬉しくて、私を満たしていく。
「もう二度と離したりなんかしない。不安に思う暇がないほど、貴女を愛することを誓うわ。だから私といつまでも一緒にいましょう、ね?」
そう言うと、お姉ちゃんは優しく私にキスを落とした。
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