第34話



 お昼ご飯を食べ終わるとすぐにまた部屋に戻される。そうしてベッドにつながれた後、お姉ちゃんが話し始める。


「それで、何かしたいことは見つかったかしら? 華はピアノが好きだったわね。電子ピアノならここに置けなくもないかしら」


 うん? その話しぶりだと長い間私が部屋にいる感じじゃないか?


「ちょっと待って。明日もこうしておくつもり?」


「ええ、もちろん。明日も明後日もその次の日も、これからずっとよ」


「そんなのおかしいよ。——学校に行かなきゃ」


「だからどうしてって聞いているでしょう? 私の納得のいく答えを言ってくれたらすぐにでも学校に行かせてあげるわ」


「えっと、……そうだ。義務、そう義務だから行かなきゃいけないの」


「義務教育のことを言いたいのね? それは親が子に教育を受けることのできる環境を整える義務があるってだけよ。親が強制的に子を学校に通わせないといけない義務でもなければ、子が必ず教育を受けなくてはならない義務でもないの。まあ、確かに華には教育を受ける権利はあるから、もし学びたいことがあったら参考書や教科書を取りそろえてあげるから。時間があれば私も教えてあげられるし」


 それじゃ部屋にいるままだ。別に今ここから逃げ出したいとか死にたいとかそういうわけじゃないけど、このままじゃだめだと思う。なんていうか人間として。というかなんでこのことをお父さんたちは容認しているの? 今まで、いい成績を取るようあんなに言ってきてたのに。


「お父さんたちはどう思っているの? 反対しているんじゃないの?」


「昨日も言ったけどあの人たちにはもうすでに理解してもらっているから。だからそんなこと気にしなくていいのよ」


 そう、なんだ。やっぱり聞かない方が良かったかもしれない。だって考えてしまった。今まで頑張ってきたのは何だったんだろうと。もはや今更、愛なんて期待していなかったけどそれでもその事実は悲しかった。私に何も関心がない、何も期待をしていないからそんなことができるんだ。私だってこんなに頑張ってきたのにそれはあんまりじゃないか。いや今はそんなことを思っている場合じゃない、早く言い訳を考えないと。そう思っているとお姉ちゃんに正面から優しく抱きしめられる。


「もう、華。そんな顔しなくていいの。あの人たちのことで心を乱すことないのよ。あの人たちは貴女を愛していないのだから」


 お姉ちゃんは抱きしめながら私の頭を撫でてくる。その温かさが私の心の隅を照らしてしまう。こんなことされたらもう抑えきれなくなってしまうじゃないか。


 改めて言われずとも愛されていないことは知っていた、分かっていた、最初からずっと。でも、頭でそう理解しているのと心で思うことは違う。自分のそれに気づけなかったから何度も死んでやり直してきたんだ。他の人の口から告げられたことで、よりそのことを意識してしまった。あの時諦めたはずなのに、捨てたはずなのにまだ込み上げてくるものがある。なんとか表には出さないようにするも、再び落ち着くのにはしばらくの時間を要した。


「もう大丈夫だから、離して」


「……分かったわ。——それで、学校に行く理由だったわね。他に何かあるかしら?」


 そう言えばそんなことを話していたっけ。忘れていたのこれで、お姉ちゃんを説得できないと本当にずっとつながれたままになってしまうから何とか理由を見つけないと。あっ、そうだ。


「友達、友達と遊んだり話したりしたい。もう家にすぐ帰る理由もないし、買い食いとか休みの日に遊びに行ったりしたい、です」


 見上げるようにしてお願いする。一瞬の静寂の後お姉ちゃんが口を開く。


「友達なんて必要ないわ。私がそばにいるのに他に何を望むことがあるの? もしそれ以外に理由がなければこれでその話は終わり。私と一緒だったら外出させてあげるからそれでいいでしょ?」


「いや、ちょっと待って。友達は必要でしょ? それに他にも理由はあるから! え~と、う~ん——」


「すぐに出てこないようじゃ大事じゃないということよ。ねえ、どうして拒むの? なんで……いえ、答えなくていいわ。それじゃ、何かしたいことは見つかったかしら?」


 なんでなんて当たり前でしょ。人として当たり前の反応だと思うけど。でも確かに、私はどうしてそう思っているんだろう。……これはまたいつか考えることにしてとりあえず置いておこう。それにしても、考え直してくれなかったか。この状態になってしまったらもう考えを変えることはないだろう。仕方ない。今のところは諦めよう。


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