第13話
すっかり友達と遊ぶことが日常になった冬のある日、お父さんに呼ばれたので部屋に入る。
「なあ、華。最近しっかり勉強をしているのか?」
急に呼び出されたかと思うと開口一番そんなことを聞かれる。確かに最近、友達と遊ぶことが増えて勉強する時間が減っていた。それでも一人の時間は他にやることもないから勉強をしているし、定期テストだって常に学年1位を維持している。
「はい。もちろんちゃんと勉強しています」
「嘘をつくな!」
急に怒鳴られたので驚いてしまう。嘘をついたつもりはなかった。時間は減っていたとしても勉強はしていたし、成績だって落としていないはずだ。それなのにどうして?
「母さんの知り合いが友達と買い食いしていたと教えてくれたそうだ。それに、学校でも放課後ピアノを弾いているそうだな? なあ、そんなことしている暇がお前にあるのか! なぜ自覚が足りない! それにそれを隠そうとするなんて浅ましい。親に向かって嘘をつくなんて、ああ、どこで育て方を間違えたのか」
まくしたてられるように怒られるため何も言い返せない。手を握り締めて耐えているとお父さんは大きなため息をついて言う。
「過去のことを言っても仕方がないか。華、これからは学校が終わったら家に帰れ。もちろん休日も外出禁止だ。参考書が欲しければ買ってやる。他に必要なものがあれば用意させる。だから、お前はずっと勉強だけしていればいい。公立中学に通っているような愚か者に付き合うな。俺の言うことさえ聞いていればいいんだ!」
そう言われた瞬間、私は反射的に『いやだ』と言ってしまった。
「なんだと?」
一度こぼれた言葉は堰を切り、あふれ出る。
「……いやだ。そんなことしたくない。真依さんたちと離れたくない。それに真依さんたちは愚か者なんかじゃない」
そう反抗するとお父さんはますます激昂する。
「親の言うことを聞けないのか?! お前、誰のおかげで今まで生きてこれたと思っている!」
「だって、お父さん私のこと見てないじゃん。結果だけで判断して、……私だって頑張っていたのに!」
「頑張ったというのは結果を出してから言えることだ! 言うことを聞けないならお前の場所はこの家にはない!」
「そんなの最初からなかった!」
「そうか。なら出ていけ。今すぐ出ていけ!」
お互いどんどんヒートアップしていって、最後にはそんなことを言われてしまった。もう限界だった。何とか保っていた均衡が崩れてしまった。私は自分の内から湧き上がる衝動に駆られながら部屋を出て、着の身着のまま家を出る。雨が降っていたが関係なかった。
それから、無我夢中で走った。道行く人が何事かとこちらを見てくるが構わず走る。気づくともうすっかり見慣れてしまったいつもの橋だった。乱れた息を整えながら思考を再開させる。
後ろを振り返っても誰も来てない。家にはお父さんだけじゃなくてお母さんもいたけど、誰もいない。まあ、追いかけてきてくれるはずもないか。
最悪な気分のはずなのになぜだか、笑いが込み上げてくる。
「あはは、ははははは、はあ、はあ」
言ってやった、ついに言ってやった。ずっと思ってたことを。初めてこんな真っ向から反発した。自分にこんなことができるなんて夢にも思わなかった。売り言葉に買い言葉といった感じでつい口を出てしまったことだが、それでも昔から感じていたことだ。前までずっと狭い世界だったから分からなかったけど、いろんな人と関わることで自分の状態を客観的に見ることができ、自分の気持ちに名前が付けられた。物心ついた時から感じていた閉塞感、必死に見ないようにしていた現実を認めたくなかった。でも認めたことで自分を救えた気がする。
いつもの癖で橋に来てしまったものの、なぜだろう、今回は死ぬ気が起きない。私は知ってしまったのだ。それが全てではないことを、それ以外にも世界が広がっていることを。
まだきっと興奮したままなのだろう、それでも今回は生きてみようと思えた。橋に背を向け当てもなく歩き始める。
辺りを見てみるときらきらとイルミネーションが街を彩っていた。今まで一度たりとも縁のないクリスマスが近づいていることを否が応でも分からせてくる。無邪気に笑いあう親子の姿がそこに視えた。それが私を否定しているようで、また悲しくなるけど足を止めることはなかった。
これからどうしようか。どうすればいいか何も分からないけど、家に帰るという選択肢だけはなかった。そうして私は歩き続けた。
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