第12話
◇
私たちはいろんなことを習った。そして、その全てでお姉ちゃんは私を上回っていた。必然、家族や先生が主に褒めるのはお姉ちゃんの方で、私の方はいつだっておざなりだったのを幼いながらに気づいてしまった。私はお姉ちゃんが好きだし、何でもできるお姉ちゃんのことを誇りに思っていた。それでも心の方は違った。私だって褒められたかった。お姉ちゃんのついでではなく。
その日はピアノの発表の日だった。ピアノの先生以外にも普段はいないお母さんも演奏を聞きに来ていた。お姉ちゃんは幼い私が聞いても完璧な演奏を披露して、大きな拍手をもらった。すごいなと思いつつ、私には敵わないと思ってしまった。続く私も頑張って弾いたけど、やっぱり何度かミスは起きてしまった。
その後全ての演奏が終わり、お姉ちゃんは最優秀に選ばれた。表彰が終わり、お母さんたちのもとに行くと、やはりお母さんはお姉ちゃんを頻りに褒める。それを少し離れたところで聞いていると、先生が話しかけてきた。
「お疲れ様。いい演奏だったよ」
「でも、お姉ちゃんの方が良かったでしょ?」
そんな風に拗ねた返答をすると先生は微笑んでからこう言った。
「ふふ、ホントはね、音楽は人と比べるものではないの。それでもね、先生は華ちゃんの演奏の方が好きだよ」
と内緒話のように声を潜めて私に言う。でも、私は信じられなかった。
「嘘でしょ、だって間違えちゃったし」
「嘘じゃないよ。もちろんミスの無いように弾ければそれがいいけど、それだけじゃないの。先生は音楽は感情表現の手段だと思ってるの」
「感情表現?」
「そう。その点で言うと優ちゃんの演奏はね完璧にその曲を作った人の感情を表現できていると思う。でもね、華ちゃんの演奏は自分の感情をその曲に乗せている、そんな風に私には聞こえたわ。だからね、先生は華ちゃんの演奏の方が華ちゃんらしくて良かったと思うよ。改めて、よく頑張ったわね。お疲れ様」
「……うん」
そう言われて、私は心底うれしかった。今なら分かる、それまでの頑張りを認められた、きっとそう感じたからだ。その時から私はピアノを好きになった。先生に言われた、比べることじゃないと気づくのはもう少し後だったが、それでも私にもお姉ちゃんより良いと言われたものが一つでもできたのだから。結局、4年生のときにはいろんな習い事をやめ、勉強に専念するようになってしまったが、ピアノが私の心の支えだった。
◇
「最初は認められたから、褒められたから好きになったのだと思います。次第に自分の表現ができるようになって更にピアノを好きになっていきました」
そう話すと、優し気な表情で真依さんは言う。
「そう。じゃあさ、何か華が好きな曲弾ける? さっき弾いてた曲でもいいから聞いてみたいな、華のピアノ」
「……分かりました」
さっきから醜態ばかり見せているから、お詫びと感謝を込めて弾こうと思う。身を起こし、ピアノの前に座り、鍵盤をはじく。ピアノを弾くときは、余計な力が入らないように脱力して指を滑らせる。夢中で弾いていたのか、気づいたときには弾き終わっていた。
「……すごい! 聞き入っちゃったよ。なんて名前なの?」
「これは、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番、所謂月光ソナタと呼ばれるものです」
「へえ~、これが月光かあ。名前は聞いたことあったけど曲は初めてかも」
どうやらお気に召してくれたようだ。
「ねえ、華。もし良かったら、また来週も聞きに来てもいいかな?」
「もちろんです。それにまたお話ししましょう」
「そうだね。ねえ、まだまだ聞いていい?」
「いいですよ。じゃあ次はこれにしましょうか」
そんな風に演奏をして話をしていたら、あっという間に帰る時間が来てしまった。そうして来週の約束を取り付けて解散する今日だった。
それから毎週のように真依さんが音楽室に来てくれた。いろんなことを話し合ったり、ピアノを聞いてもらったりした。そうする中で、週に一度の会合だけでなくクラスの中でも話すようになっていった。すると、真依さん以外にも話す友達ができた。今までは放課後はすぐに勉強のために家に帰っていた。けど勉強をする理由も分からない今、そんなに早く帰る必要もないと思い、放課後クラスに残って真依さんと話していたら、他のクラスメートから話しかけられるようになったのだ。それから、真依さんに何度も助けてもらいながらその子たちと仲良くなることができた。
仲良くなった子たちと放課後に買い食いをしたり、休日にカラオケに行ったり、たくさん初めての体験をした。これまでの人生にないほど楽しく刺激的な毎日を送っていた。それでもどこかで物足りない自分がいた。これ以上なんて望んじゃいけないのに、友達の話を聞いてしまうと欲が出てしまう。休日に家族で遊園地に行ったとか、 緒にお買い物に出かけたりしている話を聞くと、私も、なんて願ってしまうのだ。それがどんなに遠いものか分かっているはずなのに。
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