第14話

 しばらく歩いていると不意に誰かに声を掛けられる。


「華! 傘もささずにどうしたの? ほらこっちにおいで」


 真依さんだった。真依さんは自分の差している傘のもとに私を入れてくれた。そういえば雨が降っていたんだっけ。もう意味はないだろうに私が濡れないように肩を寄せて雨を遮ってくれる。それだけでどこかほっとしてしまう自分がいた。


「こんなにびしょびしょで、あ~あ~、もう寒くて震えているじゃん。早く温まらないと。とりあえず、うちの家来る? すぐそこだから」


 そうして、真依さんは私の事情も聞かずに私の手を引いていく。案外力が強く私は引かれるがままについていく。こんな状況でなければ友達の家に行くという初めてのことを素直に楽しめたのに。


 家に着き靴を脱ぐや否や『とりあえず、お風呂に入って。このままじゃ風邪ひいちゃう。事情は後で聴くから』と抵抗する間もなくお風呂に入れさせられた。これ以上迷惑を掛けたくなかったので抗議をしたら、『じゃあうちが入れてあげよっか?』と言われたので、おとなしく入ることにする。


 重く脱ぎづらくなった服を何とか脱ぎ、シャワーを浴びると、想像以上に熱かったので思わず『あつっ』と声を上げてしまう。自分が思っている以上に体は冷えていたようだ。熱さにやられないよう慎重に身を温めていく途中、外から『着替えとタオルはここに置いておくからね。後、お風呂沸かしておいたからしっかり浸かってね』と言われた。シャワーだけで済まそうと思っていたのを見透かされていたようだ。


 しばらくしてお風呂から上がり、用意された着替えに着替えて洗面所から出る。真依さんが見当たらず、勝手に動いていいものか分からず立ち尽くしてしまう。幸い上がったことにすぐに気づいてくれた真依さんが来てくれて真依さんの部屋に連れて行ってくれた。


「もう少しぶかぶかになるかもと心配してたけど、案外大丈夫そうだね。ああ、それと、着ていた服は洗濯機に入れて回してるから」


「すみません、ご迷惑をおかけして」


「いや、私が勝手にやったことだから気にしないで。むしろ問答無用で連れてきちゃってごめん。——それで、何があったの?」


 何と言えばいいのだろう? そもそも話すべきだろうか? これは完全に私の問題で、真依さんには関係ないことだ。そう考え、何も言わずにいると真依さんは続けてこう言う。


「言いたくないなら、うちだって考えがある。もう見過ごせないから。——華、親と何かあったでしょ?」


「え、どうしてそれを? ……いや、なんでもないです」


 言い当てられたことに動揺し、思わず聞き返してしまう。これでは、認めてしまったようなものだ。


「もう取り繕っても遅いでしょ。まあいっか。どうしてだって? そんなの普段の華を見てれば分かるよ。時折寂しそうな顔をしてたし、皆が家族の話をしている時にいつも複雑な顔をしてたもの。と言ってもわずかな変化だったからよく見てないと気付けないだろうけど。そうでしょ?」


「……違います」


自分でもそんなこと知らなかった。


「じゃあ、何があったの?」


「真依さんには関係ないことです」


「関係あるよ! 華のことなんだから。うちらは友達でしょ? 友達が苦しんでいたら助けたいの! ねえ、華。そんなにうちは頼りない? それともうちのことは信じられない?」


 そんな風に真依さんが不安げに言うから私は慌ててそれを否定する。


「いや、そういうわけじゃ。……でも、これは私の問題で、真依さんの迷惑になってしまうから」


「迷惑だなんて思わない。いや、仮にそうだったとしてもいいんだよ別に。友達なんだから。迷惑をかけて、かけられて、そういうものだよ。だからさ、華。ゆっくり、ゆっくりでいいから、うちに話してくれないかな? 何があったのかをさ」


 そう優しく言われ、私はようやく気付いた。誰かに、友達に頼ってもいいんだということを。最初からそれが選択肢に入っていなかったからこんなに頑なに拒んでいたんだろう。だけど、こんなに心配してくれた人が今までにいただろうか?


 思えばずっと前から、真依さんの前では弱い自分、素の自分でいられた気がする。安心していたのだ。この人の前ではそれでいいと。それをやっと自覚できた。そうして私は、話すことにした。

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