第15話

 私、家出したんです。


 いつか話したと思うんですけど、私には双子の姉がいるんですよ。昔っからそれはもう完璧な人間で、やることなすことすべて完璧でした。双子ですから、習い事とかも当然一緒に習ったんですけど、私の両親は結果ばかり見る人たちでしたから、褒めるのに差が出ました。ほら、子どもってそういうのに敏感じゃないですか。だからもっと褒められようと必死で頑張ったんです。大きくなってからはその頑張りは勉強だけになりましたが、頑張って頑張って頑張って、ずるいことまでして、ようやく一度だけ姉より結果を出したことがあったんです。


 そのときはすごく褒めてもらって、今までになく幸せでした。ついに頑張りが報われた。そんな気持ちで満たされていました。その後も私は頑張りをやめた気はありませんでした、それどころかそれまで以上に頑張りました。ですが結局、姉に負けてしまい、両親からの愛は全部持っていかれちゃいました。


 その時になんだか心がぽっきり折れてしまったんです。ああ、もう頑張れないなって。そうして、頑張ることをやめてから何をすればいいか分からなくて、唯一好きだったピアノだけ弾いていたんです。


 そしたら、真依さんが話しかけてきてくれて、どんどん外の世界に連れて行ってくれて。毎日知らないことを知って、新鮮で楽しかったです。怒られるときはもちろんあったんですけど、今までより全然辛くなかったんです。きっと心が強くなったんです。


 そんな風に過ごしていたら、今日父に気付かれてしまって、もう友達とは遊ぶなって言われちゃいまして。いやだって言ったら、出ていけって。だから家出してきたんです。でも勘違いしてほしくないんですけど、追い出されたんじゃなくて自分の意思で出たんです。そうなんです。私、強くなったんですよ。


 話していくうちに自分の中でも整理がついた。ループのことは信じられないだろうからところどころ端折っているもの今までを振り返ることで、自分が何を思っていたのかと気づくことができた。そうだよ、私強くなったんだ。今だって泣いてないし、死のうともしていないんだから。


 そんな風に考えながら語り終える。長々と話している間、真依さんは一言も喋らずに聞いてくれた。


「だから、全然平気なんです。むしろ清々しいと言いますか、解放された気持ちなんです。ちょっと準備なく出てしまったのでお世話になったんですけど、もうだいじょ——」


 言い終える前に抱きしめられる。なんだか真依さんには抱きしめられてばっかりだ。だからもうそのくらいでは驚かなくなってしまった。


「どうしたんですか、急に抱きしめたりなんかして。あれ、ど、どうしたんです? どこか痛めてしまったんですか?」


 なぜか涙を流している真依さんに、理由を聞いても真依さんは一向に答えようとせず、ただただ泣いていた。静かに、声も出さずただ静かに、涙を流し続けているので私はどう慰めれば良いものか分からなかった。悩んだ末に私はそうっと抱きしめ返し、大丈夫ですよと何度も伝えながら背中を撫でる。


 しばらくして泣き止んだところを見計らい、そっと離れる。どうしたのか聞こうと思ったら先に真依さんが口を開いた。


「ごめんね」


「いやいや大丈夫ですよ。いつかのときとは逆ですね。あの時は私が泣いて、真依さんが抱きしめてくれましたからそのお返しです」


 そう返すと、


「それもあるけど、そうじゃなくてね。気付けなくてごめんね」


 と意味の分からないことを言う。


「何のことですか? でも、痛いところとかはないんですよね? 良かったです」


「いいや、良くないの。なにも良くない」


「ま、真依さん?」


 そう言うと、真依さんは真剣な表情をして黙り込んでしまった。どうやら何かを考えているようだ。邪魔するのもどうかと思い、『洗濯、終わったか見てきますね』と言って部屋を出ようとすると『待って』と引き留められる。


「どうかしましたか?」


「華はさ、これからどうするの?」


「とりあえず、家には帰らないつもりです。それと、難しいかもしれないですけど学校にも通って、またみんなで遊んだりしたいです。むしろ、そのために家を出たので」


「そう。……行く当てはあるの?」


「いや、特にないです。ですが、数日は何も食べなくても大丈夫でしょうしそのうち見つけます」


「じゃあさ、うちの家に泊まりなよ」


なんだかそう言われるような気がしていた。真依さんは人にやさしいのでこんな風に私に情けをかけてくれるのだ。確かに、友達に頼ってもいいと思ったが、お風呂にも入らせてもらって、気持ちも整理させてもらった。これ以上はさすがに頼りすぎだろう。


「いや、もうこれ以上迷惑かけられないですよ」


 と断ると


「家に帰りたくなったり行く当てが見つかるまでの間だけでいいから。ここなら、華にうちの制服を貸せるしいいじゃん。それに、どこかに行っちゃう方が心配だから。華、世間知らずなとこあるし。うちのマ……じゃなくてお母さんたちも反対しないだろうし、納得させるから。決定ね。じゃあ帰ってくるまで何する? もうすぐ帰ってくると思うんだけど、その間ゲームしよっか」


 と強引に話をまとめ切り上げられる。まあ、真依さんのお母様たちにはきっと反対されるでしょうからそしたら家を出ていくことにしましょう。その時にはきっと洗濯も終わっているでしょうし。そうしてお母様の帰宅を待つ間、私は真依さんと二人、ゲームに興じた。

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