第9話

「なんだ、この成績は!」


「ご、ごめんなさい」


 中学3年になって初めての定期テストで30位という結果を出してしまった。そうして、私はお父さんに怒られている。


「中3にもなれば、外部進学や大学受験のため他の生徒も勉強を頑張るのは当然だ。なのに華、お前はどうしてもっと頑張れない!?」


 違うよ、お父さん。私だって頑張っているの。私だって今まであんまり勉強していなかった子たちが勉強をし始めたことに気づいていたから今まで以上に時間を増やして頑張った、頑張ったよ。


「やはり、部活なんてさせなければ良かった。部活はもうやめて、勉強に専念しなさい」


「え、そんな、でも——」


「口答えするな! お前の成績が落ちてしまったのが原因なのだからお前自身のせいだ。優は公立中学とはいえずっと学年トップを維持しているし、全国模試でも高い成績を残している。華、お前よりもだ。浮かれていないで追いつけるようにさっさと勉強しろ」


「……っわ、分かりました」


 何とか泣き出すのを我慢してお父さんの部屋を出る。お母さんに励ましてもらおうと、リビングに向かう。入ろうとした瞬間、リビングから声が聞こえた。『やっぱり、優の方が良くできるわね。どうして落ちたのか不思議だったのよ。高校はしっかりあの高校に受かるのよ』と。私はドアの取っ手から手を放し、気づかれないように静かに後ずさり、自分の部屋に戻る。


 布団を頭からかぶり枕に顔を押し付けて声が漏れないようにして泣き叫ぶ。どうして、私はダメなんだろう。どうして何もできないんだろうか? どうすればいいのだろう? 結局お姉ちゃんの方がいいのだろうか? その日は疲れ果てるまで泣いてそのまま眠ってしまった。


「華、すいぶん目が赤いね。どうしたの?」


「いや、ちょっと夜遅くまで勉強しちゃってさ」


「そう。それならいいのだけれど」


 泣いていたことを気づかれたくないから嘘をついた。お姉ちゃんは昔から鈍感であまり些細なことに気づかないから自分から言わなければばれることはない。お姉ちゃんには心配させたくなかった。なぜだろうか、それは昔からの癖だった。きっと嫉妬ゆえだろう、そう思ってしまう自分が嫌になってしまうが、そうでないと自分を守り切れる気がしなかった。


 放課後になり、顧問の先生にやめることを伝える。先生は残念だと言ってくれたけど何の慰めにもならなかった。ピアノを失った私には何が残っているだろうか? 途方に暮れたまま家に帰る。もしかしたらこれからいい成績を取ればまた認めてくれるかもしれない。自分にそう言い聞かせ、むりやり思い込む。そうして、私は今日も勉強を続けた。


 そうして私の望むと望まざるに関わらず、月日は流れる。お姉ちゃんはついに私の進学する高校に受かってしまった。それも首席だったそうだ。まあ、特段驚くべきことでもないか。むしろ中学が落ちたことがおかしいのだから。反面私は、中学最後のテストでもとうとう今までの成績を挽回できるような結果は得られなかった。


 お母さんは、お姉ちゃんのことばかり気にして、私はついでとばかりに対応する。お父さんには『もうお前には期待しない』と言われてしまった。ついに見限られてしまった。ああ、もはや涙も出て来やしない。どうせ最初から無理だったのだ。心のどこかでは気づいていたんだろう。私は愛されてなどいなかったのだ。なんとかお父さんたちに振り向いてもらおうと、愛してもらおうと頑張っていた。小さい時から私が頑張って頑張って頑張ってそれなりの結果を出してようやく褒めてもらえた。


 でもお姉ちゃんの方がなんだって上手で、お姉ちゃんの方がより愛されているのを幼いながらに勘づいてしまった。それでも、なんでもできるお姉ちゃんがすごいと思っていたし誇らしくも思っていた、いたのだ。だけど、それと同時にきっと気づいていた、お姉ちゃんがいる限り私が本当に愛されることはないことを。


 ああもう諦めよう、すべてを諦めよう。愛されることを、そのために頑張ることを。どうしたって無理なんだ。お姉ちゃんが同じ舞台に来た時点で、——いやその前からもともと崩壊していたんだろう。


 あはは。なんだ、こんな簡単なことに私はどうして気づけなかったのだろう。体が軽く感じる。私は家を抜け出し、踊るように橋を目指す。欄干の上に乗り、飛び降りる。ああ、風が気持ちいい。私はついに解放されたんだ。今日は新月のようで、橋の下は真っ暗だ。闇が私を歓迎してくれているようで、それがかなしかった。


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