第28話
そうと決まればまず死ななければならない。でも、それをお姉ちゃんが許してくれるだろうか。前に死のうとしたときはお姉ちゃんに止められてしまったから、きっと許してくれないだろう。それにあの時はお姉ちゃんが寝静まってから家を出たつもりだったのにばれてしまったからどうすれば死ねるか考えないと。
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「学校に行きたいの?」
「そう。やっぱり何かしないと落ち着かなくてさ。いいでしょ?」
考えた末に学校に行った後、橋に向かうことを思い付いた。これなら自然に一人になれるし、お姉ちゃんも油断するかもしれない。
「学校になんか行かなくても大丈夫よ。華が何もしなくたって一生暮らしていくことはできるのよ」
「でも、やっぱり行きたいの。もうこんなに休んじゃってるからみんなから遅れちゃってるし、私も何かしたいの」
できるだけ早く、私の意思が鈍らないうちに実行に移したい。
「そう、……じゃあせめて、後1週間だけ待ってくれる? そのくらいあれば私の転校手続きも終わるだろうから」
それじゃ意味がないの、お姉ちゃんと離れないと。どうしよう、なんて言い訳しよう。
「——すぐに行かないともっと置いていかれちゃうよ。もう一月も休んじゃってるんだよ。それにまだお姉ちゃんは私のことを信じられない? そんなに一人にしたら危ないと思う?」
実際死のうとしているのだからお姉ちゃんは正しいのだろう。でもこう言えばお姉ちゃんは許してくれる、そんな気がした。
「……そうね。いつまでもこのままじゃだめかしらね。仕方ないわ。じゃあ明日から行ってもいいわ。でもお守りは忘れないようにね」
「うん、ありがとう。お姉ちゃん」
きっと実行できるのはこの一回だけだろう。お姉ちゃんが転校してくる前に終わらせないと。ああ、そうだ。遺書を書いておこう。急に死んだのでは、お姉ちゃんもびっくりしてしまうだろうから。私は死んでしまうけど、お姉ちゃんには幸せになってほしい。これは私の嘘偽りのない本心だ。だけどそこには、お母さんたちもいてほしい。
よしっ、こんなものでいいかな。遺書を書いたのなんて久しぶりだ。今まで死んだらすぐに次が始めると思って、最初以外は書かなくなっていったから。私が死んだらお姉ちゃんどう思うかな。できれば、この人生でも幸せになってほしいし、次の人生でもそうあってほしいな。
寝る準備を済ませた後、いつものようにお姉ちゃんの部屋で二人でベッドに横になっていると珍しくお姉ちゃんが話しかけてくる。
「ねえ華。本当に行かなくてもいいのよ。華がもう二度と辛い気持ちを味わわずに済むようにしたのだから。何もしなくたって、華が生きてさえいてくれればいいの。お姉ちゃんがなんとかするから」
「ありがとう。でも行かないと」
「分かったわ。でも他のどこにも行ってはダメよ。行って帰るだけだからね」
そう言うとお姉ちゃんは私を抱きしめてくる。この人生以外でお姉ちゃんに抱きしめられたことなんてあっただろうか。お姉ちゃんはてっきりそんなに私に興味がないと思っていたし、私が遠ざけていたからこんなに近いのは初めてだ。
お姉ちゃんはきっと私のことを愛してくれているのだろう。いろいろな場面でそう感じる。今だって私のことを思ってそう言ってくれているのだろう。……でもお母さんたちだって最初は私のことを愛してくれていたはず。だからお姉ちゃんだっていつ私のことを見捨てるか分からない。なら先に、お姉ちゃんが私を見捨てる前に見放す前に、私がそれを諦めてしまえばいい。そうすればもう何も辛くないから。
そうしてこの人生最後の朝を迎える。私が先に起きてもお姉ちゃんが起きるまでベッドを出てはいけないことになっているが、今のところお姉ちゃんより先に起きたことはないのでむしろお姉ちゃんが私が起きるまでずっと待っている。今日も私が起きる頃にはお姉ちゃんも起きていて、一緒にベッドから降りる。
「じゃあ華、行ってらっしゃい。寄り道はせずに帰ってくるのよ。それに道中も気を付けて。それから——」
「はいはい、分かっているって」
朝の支度を終え、とりあえず学校に向かう。今日の時間割なんて忘れてしまったけどもう関係ないからいいか。やっぱりこのまま橋に向かおうかと思ったけどやめておく。おそらくこのお守りは発信機か何かがあるのだろう。今までずっと見てきたけどやっぱりお姉ちゃんは神仏を頼るような人ではないと思う。にも関わらず私にこんなお守りをつけさせているのは何かわけがあるはず。これが何か位置を知らせるものだとしたらあの時お姉ちゃんに止められたのも理解できる。だからこのまま橋に行ってもお姉ちゃんがすぐに追いかけてきちゃうかもしれないから、まずは学校に行かないと。
学校に着くと今まで休んでいた分のいろいろな課題などをもらった。事情が事情だから欠席を怒られることもなかった。クラスに戻ると、今回はそこまで仲良くなっていないのに真依さんに心配された。真依さんはやっぱり誰にでも優しいな。久しぶりの授業を受けて、頃合いを見て、先生に早退を申し出る。すぐに着くからと、家には連絡を入れないようにしてもらって私は学校を出る。お守りは机の中に置いてきたからこれで大丈夫だろう。
橋に向かって歩いていると、おもちゃをねだる子供とそれをたしなめる母親らしき女の人が見えた。最初はダメと言っていた女性も結局根負けしておもちゃを買ってあげると約束していた。そう言われた子供はとても嬉しそうに『ママ、大好き』とはしゃいでいた。きっと戻ったところであんな関係になることはないだろうけど、それでも私たちは家族、家族なんだ。
橋にたどり着くといつもと違う雰囲気だった。いつもは夜に来ていたから明るい時間に来るのはこれが初めてかもしれない。平日の昼間だから車の量は多いものの人通りは少なかった。早いところ死んでしまおう。気持ちが変わらないうちに。
後は飛び降りるだけとなったところで、『華!』という声が聞こえた。こんなに早く気づくなんて流石はお姉ちゃんだ。でも一足私の方が早かった。もう止めることはできない。
「ごめんね、お姉ちゃん。遺書にも書いたけどお姉ちゃんは幸せになってね。」
「なんでよ、華! 行かないで」
お姉ちゃんが伸ばした手は私に届かない。また私は落ちていく。ああ今回は上が眩しすぎて見えないや。お姉ちゃんがどんな顔をしているのか分からない。悲しんでいるかもしれない、でもお姉ちゃんは幸せになってくれるといいな。そんなことを思いながら私は意識を失った。
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