第56話





 すぐに答えが出るような問題でもないので、未だ何も変わらないまま夏休みに入った。もはや懐かしさすら感じる夏休みの宿題もすぐに全て終わらせてしまったので、特にやることもなくお姉ちゃんと話すかピアノを弾くばかりの毎日だった。一応、毎日料理の本を読んでレシピを増やしたり、家事を上達させたりはしている。そんなものだから買い物ぐらいしか外に出ることもないが、この暑さではそれだけで随分体力を削られてしまう。


「今日も本当に暑いね。家の中は涼しいけど、外は別世界みたいだね」


「そうね、体調には気を付けないと」


「うん。——あっそうだ、プールとか海とか行ってみない? 今まで学校の授業でしか泳いだことがなかったし、どうかな?」


 きっと涼めるだろうし、これからはそんな遊びも経験してみたいと思い、そう提案すると、お姉ちゃんは少し難しい顔をする。


「いやだった? それなら別にいいんだけど」


「いいえ、華の希望はなるべく叶えてあげたいもの。一緒に行きましょう。強いて言えばどっちがいいとかあるかしら?」


「ありがとう。そうだなー、うん、とりあえず海がいいかな。近くで見たことなかったし」


「そう、分かったわ。……それならどの辺りがいいかしらね。いい感じのところを調べないと。華はどんなところがいいとかある?」


 そう言うとお姉ちゃんは近くに置いてあったパソコンを起動して、何か調べ物を始めた。


「どんなところって普通に一番近くの場所じゃだめなの? まあ、なるべく混んでない方がいいと思うけど」


「そうね——うーん、あいにくこの近くのビーチは売りに出されていなそうね。南の方の島とかならいくつかありそうだけど、それでもいい?」


「うん? ちょっと待って、どういうこと? 海水浴に行くんだよね?」


 それがどうして南の島につながるのだろうか?


「ええ、そうよ。だからプライベートビーチのついた物件を買わないと。調べてみたところ、プールがついている家も少なくなさそうだから、気に入った家があったら言ってちょうだい。それを買うから」


 当たり前のようにそう言うと、私に画面を見せてくるお姉ちゃん。


「ど、どうして? 行ったことはないけど、そんなことしなくても海水浴できる場所ってあるよね?」


「華の水着姿を他人に見られるなんて許せるわけないでしょ。ほら、この家とかどうかしら? 庭にはプールもついているし、少しビーチは狭いけどその分他の人は来ないから安心よ」


「ああ、うん。いいんじゃない。——じゃなくて……だいたいそんなお金どっから出てくるの? ちゃんと聞いたことはなかったけどお姉ちゃんどうやってお金を稼いでいるの? まさか悪いこととかいけないことしてないよね?」


 そんな大金あるとは思えないし、お姉ちゃんだって未成年なんだから働いたりできないはず。お姉ちゃんはお金のことは気にしなくていいよと前に言ってくれたことがあったけど、もしお父さんたちから生活費とかをもらっていたとしてもそこまで余裕があるわけない。もしかしたら違法なこととかしてるんじゃないかと心配になってしまう。そんな私を落ち着かせるように、お姉ちゃんは私の頭に手を乗せてそのまま撫でてくる。


「してないから。全く、華は私のこと一体何だと思っているの? そんな非合理的なことしないわ。ただ、これから起きることを知っているってだけよ」


「それが何?」


 私だって知ってるけどそれが何だと言うのだ。頭に疑問符を浮かべた私を見かねてか補足をしてくれる。


「私は今後10年の1000万円以上の当たりくじの番号を覚えているわ。それに、大企業や今後伸びるベンチャー企業などの株や世界の主要な通貨の動向も一週間単位で覚えている。だから、宝くじで当てたお金を株や為替で運用するだけで十分、華が一生遊ぶだけのお金は手に入るわ。だから華は何も気にせずしたいことを言ってくれればいいのよ、私が全部叶えてあげるから」


 そう言われても意味が分からない。今後10年の当たりくじって、いやその前に一週間単位ってどれだけ膨大な量の情報を覚えているというのだ。まあお姉ちゃんだからそれができてしまうのだろう。でもこれに甘えてしまったら私はだめになってしまう気がする。だからどうにか綻びがないか探してしまう。


「で、でもさ、そういうのってお姉ちゃんが何かしたら変わっちゃうんじゃない? ほら、蝶がなんたらとか言うじゃない?」


「バタフライエフェクトね。でもそれも気にしなくて平気よ」


「どうしてそう言い切れるの?」


「これは忍から聞いたことだけど、私たちの能力には限界があるらしいの」


「限界?」


「そう。私たちは死ぬことによって過去に戻ってきた。でもね、この能力は完全な時間遡行の能力ではないそうなの。やり直しているのではなくただ巻き戻しているだけらしいの」


 忍さんが言うには、確定していない未来というのは無数のレールを残している状態なのだそう。現在がその未来に追いつくと無数にあったレールの内の一本が選ばれ確定し、それが連なり過去となっていく。


 私たちの能力では、たとえ過去に戻ったとしても、戻った時までのレールはすでに決まった状態になってしまっているらしい。だから、本当なら私たちの些細な行動の変化によって未来は無限に変わってしまうはずが、その能力の限界によって私たちが過ごした時までは大きな変化は起きず、それこそ私たちが直接関わる人たちならともかく、そこまで関係ない人の行動は変わらないのだそうだ。


「分かったかしら? もちろん派手に動きすぎると、変わってしまう可能性はあるけどそこは上手くやっているわ。少なくとも2つ前の人生のときはそれで上手くいったから。ただ、基本18になるまでは株も為替も口座が開けないから忍の口座を使わせてもらっているけどね」


「へ、へえ~」


 お姉ちゃんのことだから、いろいろ考えられているとは思ったけど、私の思った以上に隙が無かった。


「だからね、お金とかそんな些細なことで諦めてほしくないの。分かった?」


「う、うん」


「じゃあ、改めて2人で選びましょう? あえて遠くのところを選んで別荘にするのもいいかもしれないわね」


「そうだね」


 ただ海水浴に行きたかっただけなのにどうしてこんなことになってしまったのだろうか。そんなことを考えてしまうが、少しの諦めとともにその思考をどこかへ追いやり、ただ純粋にお姉ちゃんと一緒に楽しく選んでいった。






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