第57話




「それにしても、私まで呼んでくれるなんて嬉しいな。別荘を買うなんて言われたときはどうしたものかと思ったよ」


 忍さんがレンタカーを運転しながら私たちに話しかけてくる。結局あの時は熱に浮かされていたのか、いいと思った物件を特に考えることなく購入することにしてしまったが、一晩経って冷静になるとやっぱり買うのはやめようと思い直した。しかし、お姉ちゃんにそう言おうとしたら、先に、『無事に買えたわよ』と言われてしまい後に引けなくなってしまった。諸々の手続きや準備もあったと思うが、それでも1週間ほどで行ける目途が立てられるのは流石お姉ちゃんだと思う。


「貴女なんて、ただの足に過ぎないわ」


「いや、そんなことないですよ。2人だけじゃ味気ないでしょうから」


「あはは、華君は優しいね」


 確かに、忍さんに着いてきてもらったのは車を運転してもらうためでもある。新幹線を降りた後にタクシーを使う手もあったが、レンタカーを借りて忍さんに運転してもらった方が小回りが利くだろうと。それに、お姉ちゃんは2人で来たかったそうだが、私としては道連れが欲しかった。私一人ではその家の値段とか考えてしまって圧倒されてしまうだろうから、一緒に驚いてくれる人が欲しかった。


「おっ、右の方を見てごらん。海が見えてきたよ」


 言われて、窓の外を眺めてみると確かに奥の方に海が見える。今までの森を抜けてきたからそれだけで開放感がすごかった。この目で実際に海を見たのは初めてで、テンションが上がってしまう。


「ねえねえ、お姉ちゃんもこっちに寄って。ほら、海だよ、海」


「ええ、確かに見えるわね」


 日の光がきらきらと反射していて、青というよりは銀に近いような色合いだった。奥を見れば、なるほどあれが水平線と言うやつかと納得する。空と海との境が分からなくなっていくのは不思議な光景だった。この目で初めて見た海に感動していると、再び森に入ったのか、木に阻まれ海が見えなくなってしまった。目に見えて落ち込んでしまった私に、忍さんが『ふふ、そろそろ着くから楽しみにしときたまえ』と声をかけてくれた。思い返すととても子供っぽい行動だったと恥ずかしく思ってしまう。


 忍さんが言ってくれたとおり、それから10分もしないで目的地に到着した。お姉ちゃんが一旦降りて門を開け、敷地内に入っていく。車から降りて改めて家を全面に捉えると、それがこれから自分が滞在することになる家だと信じられずしばし呆然としてしまう。


「いやはや、すごいな。まさに別荘って感じだ。縁がなければ一生泊まることなんてなかっただろうな」


 忍さんも私と同じようにその大きさに驚いてくれた。お姉ちゃんはと言うと、特にそういう様子もなく、むしろ当然とでも言わんばかりに歩を進めていてすでに玄関までたどり着いており『何してるの? 入らないの?』と言ってくる。


 お姉ちゃんの言う通り、そのまま外にいても意味がないので家の中に入りとりあえず荷物を置く。そして、夜ご飯を食べるには早すぎるということで一回ビーチの方に行ってみることにした。家からビーチまでは案外高低差があり、石でできた階段を降りていく間、広がっている海が一望できた。この海岸はとても入り組んでいて、おそらく一般的な砂浜より小さく、完全に周囲から孤立していた。まさに、プライベートビーチと呼ぶべきものだった。初めて聞く波の打ち付ける音と、潮風の匂いが海に来たと感じさせてくれた。


 ビーチに降りると、波の迫り方がまた違って見え、より海を感じることができた。普段住んでいる場所も都会ではないので人が多すぎるということはないが、ここは日常の喧騒から隔離された場所だと思えた。ザザーン、ザザーンと一定の波の周期が私の心を洗ってくれているようだった。


「いい場所だね。お姉ちゃん」


「そうね。買って良かったわ」


「いい眺めだなあ。それに他に人がいないって言うのもいい」


「ええ、貴女がいなければ完璧だったわ」


「もう、ひどいなあ。私も仲間に入れてくれよ」


「いやよ、ここに連れてきただけで感謝しなさい」


「連れてきたのはむしろ私じゃないか」


 そんなこと言いながらも忍さんは笑顔だ。お姉ちゃんは、少しいやかなり忍さんに当たりが強い。でも、2人とも険悪な感じになるわけでもなくそれを楽しんでいる節がある。その気安さは私にはないもので、少し羨ましく思ってしまう。


「華?」


「何? お姉ちゃん」


「いや、……これからどうする? 海に入ってもいいけど今日はゆっくりする?」


「そう、だね。今日は良いかな」


 そうして、今日は波打ち際まで行ったものの海には入らずに引き上げた。夜ご飯は出前を取って、みんなでトランプや他愛のない話をしてゆっくりと過ごした。


 翌日は朝ご飯もほどほどに、海に向かっていった。テンションが高いのは私だけだったものの、お姉ちゃんも私に付き合っていろいろしてくれた。久しぶりに泳ぐので、そこまで沖にはいかなかったものの海で泳ぐ、それだけで楽しかった。3人でビーチバレーみたいなこともしたら、案の定お姉ちゃんの一強で、忍さんとタッグを組んでも勝つことができなかった。


 海で遊び尽くしたその日の夜、忍さんがこっそり持ってきていた花火をみんなでやった。最初こそ勢いよく炎と煙を出す花火にびっくりしたものの次第に慣れ、その煌びやかさに目を奪われた。最後は線香花火をするのが決まり? だそうで、誰が一番長く続くか勝負した。パチパチとはじけるような線香花火に見とれていると、まだまだ余力を残した状態でポツンと落ちてしまった。ああ落ちてしまったと思いながら、お姉ちゃんたちの方を見てみるととてもいい勝負で結局どちらも玉を落とすことなく火が消え、引き分けとなった。


 次の日には忍さんに用事があるとのことで早めに帰ることになったが、とにかく楽しい2泊3日の旅行だった。お姉ちゃんと忍さんのやり取りを見て、ほんの少しだけモヤっとしたのは、気のせいだと思うことにしよう。





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