第55話



「おかえり、華」


「う、うん。ただいま」


 久しぶりに一人で外出し、家に帰るとお姉ちゃんが待ち構えていたかのようにそこにいた。何故だろうか、お姉ちゃんからひしひしと謎のプレッシャーを感じる。


「私がいない間、何かあった?」


「いいえ、特に何も」


「そ、そう。それならいいんだけど。とりあえずお昼にしない? お腹空いちゃった」


「ええ、いいわよ。すぐに用意するわ」


 そう言うとお姉ちゃんはキッチンに消えていった。張り詰めた雰囲気が緩和し、ほっと息をつく。昨日今日とお姉ちゃんを置いて出て行ったから、怒っているのだろうか? いつもより若干声が低くて、目つきも鋭くなっているように思える。でも必要なことだったと思うから許してほしい。一人で自分の内面としっかり向き合う機会が。


 お姉ちゃんが用意してくれたサンドイッチを食べる。何がどう違うのか、お姉ちゃんの作ってくれたものの方が美味しく感じられる。私も追いつけるように日夜頑張っているものの差が縮まっているようには思えなかった。せめて後片づけだけでも役に立とうと、二人分の食器を洗っていると、お姉ちゃんは部屋に戻るでもなく、お茶を飲みながらじっと私の方を見ていた。


 結局洗い終わるまでお姉ちゃんは一言も喋らず、そのまま席に座っていたままだったので、これ幸いと思いお姉ちゃんの真正面の席につく。しかしどう話を切り出せばよいものか分からず黙ったままでいると、埒が明かないと思ったのかお姉ちゃんの方から話しかけてくれる。


「お皿洗い、ありがとう。いつも助かっているわ」


「ううん。私の方こそ、いつもありがとう」


 そこで会話が途切れてしまう。いつもどんな風に会話をしてきたか疑問に思うほどぎこちなく、どんどん空気が重くなってしまう。


「あ、あの!」


「そんなに緊張しなくて大丈夫よ。何かしら?」


 そんな雰囲気を払拭しようするあまり声が裏返ってしまった私を落ち着かせるようにトーンを落としてゆっくり言い聞かせてくれる。普段と変わらず泰然としたその様子に私も落ち着きを取り戻す。


「うん。あのさ、お姉ちゃん体育祭の時に誰かに告白されたでしょ?」


「ええ、されたわ」


 即答されたことに、少し面食らってしまう。ずっと言わなかったからもう少し濁すと思っていた。その返答の速さに一抹の不安を抱えながら、恐る恐る質問を続ける。


「へ、返事は?」


「もちろん、断ったに決まっているでしょう。まさか、承諾したとでも? そのせいで最近様子がおかしかったとか言わないわよね?」


「だ、だってお姉ちゃん何も言わないんだもの。何か私に言えないことがあるのかと思って」


 お姉ちゃんの答えに安心したのも束の間、責められるように聞かれたのでつい言い訳をしてしまった。私だって、お姉ちゃんが誰かと付き合うとは思っていなかった。だけどいつまで経ってもお姉ちゃんが何も言わないので、私に言えないことがあるのかと一人でどんどん悪い方に向かってしまっていたのだ。


「はあ、——あのね華、よく考えてみなさい。私は華が告白されたことを知ってるなんて知らなかったのよ。それで、告白されたのを断った、なんてわざわざ言って知らせる必要なんてないでしょう?」


 忍さんにも似たようなことを言われた気がする。確かに冷静になって考えてみれば分かることだったかもしれない。告白された場面を目撃というか聞いてしまったから気が動転していたのだろう。


「そうかも。ごめん。勝手に一人で不安になっちゃって」


 罪悪感から顔を伏せてしまう。きっとお姉ちゃんはこんな風に思うことはないんだろうな。いつだって自信のあるお姉ちゃんは不安を感じたりはしないだろう、なんて考えているとお姉ちゃんが何か言っていたのを聞き逃してしまった。


「やっぱり……は伝……ないのか」


「えっ、なんて言ったの?」


 ばっと顔を上げて聞き返すも答えてくれなかった。


「何でもないわ。それで、他にも言いたいことがあるのでしょう? 昨日も今日も私から離れて何を考えていたの?」


「……うん。私とお姉ちゃんのこれからの関係について改めて考えていたの。私はお姉ちゃんとどうなりたいかを」


「……それで、結論は出たの?」


「ううん。いや出たと言えば出たんだけど、今のところは分からないっていうことしか分からなかったの」


「……そう」


 お姉ちゃんが私のことを少し、いやかなり呆れたような目で見てきた気がしたので慌てて補足する。


「いや、あのね違うの。お姉ちゃんが居るのは当たり前っていうか、いないことが考えられなかったの。でもこれからもずっとこのままなのかって言われるとそれもなんだか違う気がするし、かといって何か他にどうなるかも思いつかなかったの。それに、これは私一人で考えることでもないだろうから。今度は話し合おうって言ったのにまた一人で抱え込んだからこんな事態になってしまったわけだし」


 とまくしたてるようにそう言うとお姉ちゃんは数秒考えた後『ほんの少しでも離れたいとは思わなかった?』と聞いてきた。


「そんなこと微塵も思ったことはないよ。むしろお姉ちゃんが私から離れちゃうんじゃないかって思っていたから」


「……そう」


 すると、お姉ちゃんはそれっきり黙ってしまった。どことなく残念がっているようにも見えるが、私の勘違いだろう。


 その後、お姉ちゃんとこれからについて話したが結局私の答えが出るまで保留することになった。お姉ちゃんはお姉ちゃんなりの答えをすでに持っているそうだけど、私の答えが出るまで待っていてくれるそうだ。聞いても、華の考えを誘導したくないからと答えてくれなかったけど。


 まだまだ長い間一緒にいるのだから今すぐに結論を出さなくてもいいか、という結論になったところで今日の話し合いはお開きにした。そうして、そのことを考えながらも私たちはいつも通りの生活に戻っていくのだった。

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