第54話(姉視点)
「はいはい。……はっ? おい、ちゃんと話聞いてたか?」
「ちゃんと聞いてたわよ。とにかく早く出しなさい。前に買わせたでしょ?」
18歳未満で手に入る手錠ではおもちゃ程度だったし、家に届くと何かと面倒だと思い、前の人生でも忍に代わりに買ってもらっていた。今回もこの家に引っ越してきて少し経った後に、念のため買わせておいた。もちろんどちらの時も私がお金を出したが。
「どうしてそんな極端な結論になる? あのなあ、そんなことをしても意味はない。前のときだって、もうやり直さないって言ってたのに結局駄目だったろ?」
「うるさいわね。誰のお金で生活しているのか忘れたの? いいからさっさと出しなさいよ」
忍の収入は不定期だから基本的に私がお金を出している。それを盾に要求を続けるも、忍は無言のまま私の目をじっくりと見てきて譲らない様子だった。しばらくお互いにそうしていたが、前の人生では上手くいかなかったのは事実なので分が悪いのはこちらだった。
「はあ、分かったわよ、仕方ないわね。あくまで保険ってことならいいかしら? 華が出した結論がもし私から離れるとかだった時だけ使うことにして、基本的に使わない方針でいくから。とりあえず渡してちょうだい」
「……もし華君が助けを求めたりしたらすぐに助けに行くからな?」
忍は渋々と言った感じでそう言うと、奥に行くと、前と同じ足枷をじゃらじゃら鳴らしながら持ってきた。
「今渡さなくてもどうせ後で勝手に取られるだろうから渡すが、いいか、これはあくまで保険にしなさい。君が離れてしまうと感じた時じゃなくて華君が明確に離れたいと君に伝えた時だけだ」
「……分かったわ。でも本来そんなこと言われる筋合いはないのだけれどね。華には監禁してもいいと言われているし」
「なあ、買う時も聞いたけど本当にそう言ったのかい?」
「ええ、そうよ。じゃあ、もう用はないし帰ることにするわ」
信じられないといった感じに首を振る忍を横目に、スマホに目をやるとまだ華は図書館から動いてないようだった。華が戻る前に終わってよかったと席を立とうとすると、忍から待ったがかかる。
「そういえば、君には伝えておいた方がいいことがあったんだ。先週、君のおばあさんが亡くなられたそうだ」
「……そう。今回は早かったわね」
今までは私が高校に入るまではギリギリ生きていたものの今回は中学1年のこんな時期に死ぬなんて。
「無理もない。後継者を一気に失くしたようなものだ。血に固執する古い頭の持ち主には耐えられないことだったんだろう」
正直祖母への感傷は全くない。華も私も幼いころに何度か顔を合わせたことはあるもののいつも廻夜のためにだとか廻夜の復興をだとか言うばかりで話にならなかった。
「そうだったわね」
「ああ。君も覚えているだろう? どうして廻夜家が名家と呼ばれるに至り、そして落ちぶれていったのか」
「ええ」
忍が言うにはこの死んだときに過去に戻るという言霊は廻夜という苗字に宿っているらしい。そして、過去の廻夜家について記した手記にはあらゆる災厄をまるで予知していたかのように退けたとあった。そのことから私たちは仮説を立てた。過去にも私たちと同じように、過去に戻る言霊を持った当主がいたという仮説を。過去に戻ることで災厄を切り抜けたと。そうして着々と名家と呼ばれるに至るほどの力を得たものの今度はなまじ裕福になったため、死ぬことがなくなってしまった。そのため、言霊を持っていたとしてもそれを発現する機会が無く、どんどん影響力が小さくなっていったと。
「名家を再興しようと思っていたら、今回の養子の件でお家断絶も同然だからな。心労がたたったのだろうな。まあ、同情はできないが」
「それで、どうして貴女の方に連絡が行くのよ」
「そりゃ私は保護者だからな。先に来るのは当然だろ? それに君たちのお父さんから連絡が来たんだが伝えるかは私の判断に任されていたんだ。君や華君がその程度の反応しかしないことを知っていたんだろうな」
「そう」
今もまだあの人たちのことは許せていない。あの人たちのせいで、華はあそこまで追い詰められたのだから。でも、殺すほどではないのかもしれない。そう思えるほどにはどうでもよくなった。
「まあ、君なら聞いても問題ないだろうと思ったが華君はどうか分からないから、もし伝えるなら君の方から伝えてくれ。ああ、葬式は内々で済ませたそうだ」
「分かったわ。それで話はおしまい? 華が動いたから戻っておかないと」
「ああ、もう話すことはない。だが、そうだな。——これからは様子を見るためにも週一ぐらいで家に夕飯をご馳走になりたいのだがいいかい?」
「……華が許したらまた連絡するわ」
「期待して待っているよ。それじゃ、またな。優君」
「はあ、これで失礼するわ」
華はゆっくり家に近づいているからまだ余裕がある。足枷を忘れずに持って家に帰り、どこに隠すか検討する。いい感じの隠し場所が決まったところでようやく華が家に着きそうだった。果たして、華は何を話してくれるだろうか? それがたまらなく不安で仕方なかった。
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