第20話
声の聞こえた方を向くと息を切らしたお姉ちゃんがこちらを見ていた。姿を見た瞬間、一目散に逃げる。『待って、華』とお姉ちゃんが言ってくるが無視して走る。どうしてこんなとこに。後ろを見ると、お姉ちゃんとの距離はどんどん縮まっている。私は追いつかれないようにただひたすらに走った。
「華、待って、危ない!」
どのくらい走っていただろうか。30秒かはたまた10分か、そろそろ足も疲れてきた頃、お姉ちゃんにそんなことを言われたのと同時に、急に視界が真っ白になる。驚きと疲れで、思わず立ち止まってしまう。白い光の先を見てみると、トラックがこちらに向かってきているのが見えた。このままではまずいと思ったけれど、体が思うように動かなかった。
世界がゆっくりになっていくのを感じる。迫りくるトラック、運転手はどうやら居眠りをしているようだ。ああそう言えば今日はクリスマスイブだったか、派手に飾られているのがよく見えた。そんな日も働いているのだから疲れがたまっているのだろう。
ああ、間違えてしまったな。私はこんなところで死んでしまうのか? 不思議と怖くはなかった。ただ死にたくないなあ、なんて考えていると突然腕が引っ張られる感覚に襲われる。そのままの勢いで私は後ろに倒され、間一髪トラックは私の前を過ぎていった。ドンッという鈍い音とともに、世界は元に戻る。
腕を引かれた影響で地面に頭を打ったので、倒れ込んでいると、周りの人がざわざわしているのに気が付く。痛む頭を無視して体を起こし、そちらに目を向けると鮮やかな赤が見えた。
「お、姉、ちゃん?」
慌てて目をそらして、周りを確認する。腕を引いてくれたのはお姉ちゃんのはず、なら近くにいるはずだ。どこにいるの? お姉ちゃん? 私は努めて、そっちの方を見ないようにしてお姉ちゃんを探した。どこにもいない。どこだ、どこにいるの? そうこうしているうちに視界の端に流れ出る赤が映ってしまう。私はとうとうその先を見てしまった。
「あ、っあああああああ」
そこから先のことはよく覚えていない。遠くの方でサイレンが鳴っているのを聞きながら私は意識を失った。
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目が覚めると、私は病院のベッドの上にいた。頭に違和感があり触るとどうやら包帯がまかれているようだ。
「先生、廻夜さんが目を覚ましました」
近くにいた看護師さんがお医者さんを呼びに行った。意識がはっきりせずフワフワしているようだ。
「名前は言えるかな?」
「……廻夜華です。はっ、そうだ。お姉ちゃんは? お姉ちゃんはどうなったんですか? あっ」
そうだ、こんなことをしている場合じゃない。あの後、お姉ちゃんはどうなったのか?
「そんなに急に立ち上がってはいけないよ。落ち着いてベッドに戻りなさい」
興奮と急に立ち上がったことで、眩暈を起こして倒れこみそうになった私は支えられてベッドに戻される。
「それで、あの後どうなったんですか?」
「……今は安静にしておきなさい。すぐお母さんも来られるそうだからその時まで少し寝ていなさい」
どうして言ってくれないのか。まさか……いやそんなことはない。仕方がないので、お母さんが来るまで寝ることにする。
「ああ、華。起きたのね。華だけでも起きてくれて良かったわ」
「お母さん? お姉ちゃんは?」
「……優は死んだわ」
「……え?」
「だから優は死んでしまったわ。だからね、華、貴女だけが頼りなのよ」
信じられなかった、信じたくなかった。とっくに頭の中では気づいていたのに知りたくなかった。お姉ちゃんがいなくなるなんて。死ぬということが、受け入れられなかった。結局それが現実とは思えないまま退院の日を迎えた。
お母さんとともに久しぶりに元の家に帰る。家を出た日はこんな気持ちで帰ってくると思っていなかった。お母さんたちはなぜだか私に優しい。お姉ちゃんがいなくなって、もう私しかいないからだろう。私を見てくれていることがうれしいはずなのに、望んでいたはずなのに、どうしてこんなに空しいのだろう。お姉ちゃんがいなくなってようやく手に入れることができたのに……。どうして?
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