第30話(姉視点)


 そんな声、無視して死んでも良かったが、言葉の響きが気になった。自殺を無条件に否定するような無考えな発言ではなかった。どうせいつ死のうと、もう関係ない。ただ華に会うのが少々遅れるだけか。飛び降りるのは後にして、声を掛けられた方に振り返る。そこには眼鏡をかけた妙齢の女性が立っていた。手持無沙汰にライターをいじっている姿が妙に鼻につく。


「やめておいた方がいいとはどういう意味だ?」


「おうおう、そんなけんか腰にならないでくれよ。私は別に敵じゃない。ただ、君がそこから飛び降りたとしても記憶を持って過去には戻れないと伝えたかっただけなんだ」


 こいつ死に戻りのことを知っているのか?


「君は今混乱しているね。もう少し話を聞きたいとこだろう。なぜ私がそれを知っているのか。そしてなぜ戻れないのか。それを話すには——」


「もう少し手短に話せないのか?」


「……すまないな。冗長になるのは私の悪い癖でね。——よし、結論から言おう。君は自殺しても戻れない。彼女と違って君は殺されることによって発動されるからだ」


 思い返せば確かに、私は殺されたことしかない。が、なぜそれを目の前の女が知っている。私もこの能力について調べてみたときもあったがどれも眉唾物で信用できるものではなかったし喫緊の課題もあったからそこまで深く調べられなかった。でもなぜこいつは知っている?


「なぜ分かる? この能力について何か知っているのか?」


「とりあえず警察でも呼んだらどうだい? 妹さんが可哀想だろう」


「いや、それには及ばない。どうせ、すでに通報されているだろう。今すぐ答えられないのか? それとも……」


「……まあ、いい。君が能力と呼んだその力は言霊と呼ばれるものだ。妹さんの方が七転八起、君の方が七転八倒と呼ばれる言霊だ。ここまではいいかい、廻夜優」


「言霊だと? いや待て、なぜ名前まで知っている?」


「だからそんな敵視しないでくれよ。はあ……私の職業は探偵でね。と言っても少々特殊な事件専門だが、それでも探偵であることに変わりない。それでいいかな? いやあ、君たちの言霊を調べるのには苦労したよ。それはもう——」


「分かった。それはいいから、その七転八起と七転八倒について教えなさい」


 こいつ本当に隙あらば語り始めようとするな。そんなに時間もないと言うのに。


「ああ、そうだな。端的に言えば、君たちは死んだときに七回だけ過去に戻れるんだ。ただし一定の条件があり、七転八起は自殺、七転八倒は他殺がそれにあたる。他にもいろいろあるが今はそれはいいか。だから君が自殺したところで戻ることはできない。時間遡行系の言霊の持ち主が複数存在することは稀だからどうなるか確証はないが、おそらく君の妹だけ記憶を持ったままになるだろうな」


「なら車にでも引かれればいいのか」


「……さあ? それが自殺となるのか、他殺となるのか私は分からない」


 戻れない可能性もあるなんて最悪だ。はあ、落ち着け。華が死んでから冷静さを欠いている。憤ったところで何にもならないのは分かり切っているだろう?


「……じゃあ、なぜ私に声を掛けたのかしら。私を殺してくれるのかしら?」


「君は質問だらけだな。まあ、君たちに幸せになってほしいんだ。——なんだい、その目は? はあ……いい加減ループを止めたかったんだ。後1回で終わると言ってもそれまで何かしたって結局戻るんじゃ何かする気もなくなってしまうだろう? それに幸せになってほしいのだって嘘じゃない」


「それでこんなところに?」


「そう。ようやく君たちに接触できそうだったからね。だがあいにく妹さんの自殺を止めるには後一歩遅かったが。ああそろそろ警察が到着しそうだ。連絡先を渡しておくからまた会いたくなったらここに連絡するといい」


 そう言ってそいつは私にメモを押し付けてその場を離れてしまった。ああ、どうしてこんなことになってしまったのか。華の部屋で遺書を発見してから学校に連絡するとつい先ほど早退したことが分かって、すぐにここまで来たが間に合わなかった。どうして、また華が死ぬ? いやもう理由を考えるのはやめよう。


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