第17話
「二人ともまだ夜ご飯食べてないわよね。すぐに用意するわ」
「なら、お手伝いします」
「いや、いいのよ。今はゆっくりしていなさい。真依、華ちゃんと何か遊べるでしょ?」
「うん。じゃあさっきのように私の部屋で遊ぼう。ほら行くよ」
「は、はい」
そう言われては従う他ない。またゲームを始める。コツを教えてもらい、少しずつ上達していった。少し上手くいっただけで褒めてくれたり、上手くできなくても励ましてくれたり一緒にやってみたりしてくれた。最初はいろんなことが気がかりで集中できていなかったけど、途中からそれを気にせず楽しく遊んでいた。ちょうど切りがいいときにタイミングよく恵美さんから『ご飯ができたわよ。降りてらっしゃい』と声がかけられる。ゲームを片付け、リビングに向かう。とても食欲をそそる良い香りがここまで漂ってくる。どうやらカレーのようだ。リビングに着くと、すでに食卓に食事が並べられていた。
「今日はカレー? いいね!」
「はいはい、席に座って、早く食べちゃいましょう」
三人でいただきますをして食事を始める。
「そんなに辛くはないと思うんだけど、大丈夫かしら?」
「はい、問題ないです」
「そう、それなら良かった。もし好き嫌いとか何かあったら遠慮なく言うのよ。うちの子は好き嫌いが多くて昔からいろいろ試行錯誤してきたから」
「ちょっとママそんなこと言わないで! あっ、今の無しで」
そう言うと真依さんは、恥ずかしそうに顔を赤らめる。何かあっただろうか。
「ふふっ、せっかくお母さんと言うようにしてたのにね」
「ママではだめなのですか?」
と聞くと、
「う~ん、そうねえ。……私はどっちでもいいと思うけど、同級生に聞かれるのは恥ずかしいかもね」
「そういうものですか」
「冷静に分析しないでよ、もう」
「あはは、もうママでいいんじゃない? 華ちゃんもこう言っているんだし」
「うん。もういいや、ばれちゃったし」
こんなに隙のある真依さんを見るのは初めてだ。きっとここが真依さんにとって一番安心できる場所なんだ。恵美さんとのやり取りがなんだか
「華はなんかないの? 好き嫌い」
「好き嫌いは特にありません」
無いように躾けられたし、そもそもそんなに食事に関心がない。
「ほら、華ちゃんもこう言っているし、この機会に少しは克服しようか」
「う~ん、でも嫌いなものは嫌いなの」
そんな風にお話しながら食べ進めていった。私は基本的に聞いているか聞かれたことに答えるだけだったが、真依さんたちは今日何があったか、どう思ったかなんかを話していた。いつもの夕食ではあり得ない光景だった。いつもは、もっと静かで話をしても一言二言で終わるようなものだけで、もっと事務的な報告だ。どちらが正しいのだろうか? 少なくとも今日、私は楽しみながら、食事を終えた。食事でそんなことを思うなんて不思議な気持ちだった。
食後に皆で少し休憩していると不意にインターホンが鳴る。恵美さんが『こんな時間に何かしら?』と出ていったが、少しして私が呼ばれる。まさか、お父さんたちが連れ戻しにきてくれたのかと思い玄関に行くと、そこにはなぜかお姉ちゃんがいた。『華ちゃんのお姉ちゃんであってるわよね?』と問われ、頷くと『ここではなんだし、中に入って話しましょうか』とお姉ちゃんが向かい入れられる。
真依さんには部屋に上がってもらい、リビングで三人で話し合うことになった。
「お姉ちゃん、何しに来たの? それにその大きい段ボールは何? はっ、まさかお姉ちゃんも家出してきたの?」
家に来たお姉ちゃんはなぜか大きな荷物を抱えていた。もしかして、お姉ちゃんも少し嫌気が差して家出してきたのかと思いそう聞くと、呆れたような返事が返ってくる。
「そんなわけないでしょう? はあ。まず勝手に押しかけてきてしまいすみません。華の姉の廻夜優と申します。」
余所行きのお姉ちゃんを見るのはずいぶん久しぶりな気がする。
「……華ちゃんの友人の真依の母、眞渋恵美よ。どうしてここを? 私、電話で言ったかしら?」
「……電話番号と表札で見つけました。」
「じゃあ、何しに来たの? 連れ戻しに来たの?」
「貴女、何も持たないで家出したでしょう? この段ボールにとりあえず必要そうなものをいろいろ入れてきたから。それにスマホも。これがないと連絡も取れないんだから。ちゃんと持っておきなさい」
そんなことを言い、私にスマホを手渡してくる。
「あ、ありがとう」
「いい、絶対に肌身離さず持っていなさい。これだけあればとりあえず連絡は取れるのだから」
「わ、分かったよ」
「後、お父さんたちのことは私が何とかするから、とりあえず華は安心して家出をしていなさい。それと今からこの方と話があるから、ちょっと席を外してくれる?」
「なんでよ、私もいるよ」
どうして、お姉ちゃんが恵美さんと話さなきゃならないのだ。それに私が席を外すのも意味が分からない。そう思ったが、
「いいから、どっかでその荷物の中身を確認してなさい」
「そうね、客間を案内するからそこで荷物を広げておいで」
と恵美さんまでそう言うので、渋々荷物を持ち恵美さんの後ろをついていく。案内された客間で、段ボールの中身を確認する。制服やパジャマなどの服や筆記用具や教科書などの学校関係のもの、それに身の回りのものが入っていた。これさえあれば、とりあえず家に帰らなくてもいつも通りの生活が送れるだろう。そうこうしているうちに話し合いが終わったようで、お姉ちゃんが挨拶に来た。
「じゃあ、華。私は行くわ。こっちのことは心配しないで、のびのびと暮らしなさい。帰ってきたくなったり何かあったらまず私に連絡すること。それから——」
「もういいから。分かったって。恵美さんとは何を話したの?」
「……これからのことよ」
「そう。……夜遅いんだから、気を付けて帰るんだよ。どうせ泊まらないんでしょ」
「ええ、そうね。気を付けて帰るわ」
そう言ってお姉ちゃんは帰っていった。その後、恵美さんに何を話したか聞くと、『そうね、これからのことと言えばこれからのことね。ああそうだ、生活費は預かったから何も遠慮することないからね』と言われた。そういえば生活費のことまで頭が回っていなかったが、それを持ってきてくれたのか。
その後、またお風呂に入りなおしてパジャマに着替えたり、寝る支度を整えて布団にもぐる。そうして、長い長い今日が終わった。
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