第2話

 どうやって家に戻ったか覚えていない。お姉ちゃんが何か話しかけてくれていたようだったが返事すらできていなかった。どうして、あんなに勉強したのに。どうして、どうしてよ。まだ現実を受け止めることができず、ベッドの上で縮こまりながら嗚咽を漏らす。そうして延々と部屋で一人嘆いていると、お母さんに声を掛けられる。


「華、お父さんが話があるそうよ。出ていらっしゃい」


 いつの間に夜になっていたのだろうか。時間の感覚を忘れるくらい呆然としていた。正直に言えば、出ていきたくなかった。まだ落ちたショックから立ち直れていないからだ。ただ、昔から私のことを応援してくれていたお父さんだったら私のことを励ましてくれるかもしれない。そう思い、鈍い体に鞭を打ち下の下へ降りる。

 どうやら話はリビングではなく、お父さんの部屋でするそうで久しぶりにお父さんの部屋の前に立つ。


「お父さん、華です。入ってもいいですか?」


「入りなさい」


 外から声を掛けて入室の許可を取る。中に入ると、うっすらと本の香りを感じる。お父さんの部屋はどこを見てもずらりと並んだ本棚が目に入る。お父さんはデスクの前の椅子に腰かけて私を待っていたようだ。たまに家で仕事をする時もあるように、デスクにはパソコンや本が並べてあった。


「華、受からなかったようだな。」


「はい。あんなに頑張ったのに受かりませんでした。」


 全てを犠牲にして勉強に捧げた、それでも届かなかった。悔しくて、悲しくて誰かに慰めて欲しかった。だから言い訳みたいな言葉が口からこぼれてしまった。


「頑張った? そんなことは結果が伴って初めて口にできる言葉だ。」


「え?」


 予想していた、いや期待していた言葉と違いすぎて、お父さんが何を言っているか一瞬理解できなかった。


「俺の娘なのになぜ受からない、なぜできない! こんなにも勉強に集中できる環境を整えてやったのになぜ! 優はしっかり受かったというのに!」


 ドンと机を叩いてお父さんは言った。どうしたのお父さん? 怖い、怖いよ。


「ひう、ご、ごめんなさい」


「謝って済むのか? なあ、俺はお前のために怒っているんだ。華が俺みたいに苦労しないで済むように」


 お父さんは急に私のことを怒鳴りつけたかと思うと、今度は逆に静かに、私を心の底から心配しているような声音で話しかけてくる。


「は、はい」


「本当に分かっているのか? はあ、まあ嘆いていても仕方がない。次は高校受験だ。あそこは中高一貫だが、高校からでも入ることができる。受かりさえすれば、後の大学受験にだって有利になるしひいては華、お前の人生が良くなるんだ。次は、絶対に受かるようにこれから死ぬ気で勉強しろ! いいな」


「……わ、分かりました」


「分かったなら、すぐ部屋に戻って勉強しろ。お前は周りから遅れているんだ。周りの何倍も何十倍も勉強しないと追いつけないぞ」


 おぼつかない足取りで部屋に戻る。勉強しないといけない。そうしないといけないと頭では理解しているのに勝手に涙があふれてくる。お父さんは私のことを思ってああ言ってくれたのに。私は、私の心は、慰めを求めていた。ただ一言でもいいから誉めて欲しかった。よくやったな、頑張ったなって。心がざわめいて、拭っても拭っても涙が収まらない。せめて声が響かないようにと、枕に顔を押し付けて私は泣いた。


 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。時計を見るとあれから3時間も経ってしまっている。だが一度眠ったためだろうか、ある程度は自分の中で気持ちの整理がついていた。お父さんがああなってしまったのは、私が期待に応えられなかったからだ。私が期待に応えることさえできていたら、お父さんもあんなことを言う必要はなかった。全部私のせいだ。私が受からなかったから、お父さんの期待に応えられなかったから。


 これからはもっと勉強して、勉強して次こそは合格する。そうすれば、昔のように優しいお父さんになってくれるはずだ。そう心に誓い、少しぼやけた視界のまま私は机に向かった。

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