●夏休み緊急生配信
ムーッ、ムーッ。
スマホのバイブレーションで目を覚ました。
目を開けると、知らない天井があった。
ギョッとしてから、一瞬遅れて思い出す。
――そうだ。あのあと、引き留めようとするひかりのお願いを断りきれなくて、そのまま家に泊めてもらったんだっけ。
ひかりの叔父さんと面識こそあったものの、家に上げてもらうのははじめてだ。
そもそも友達の家に行くのも初なら、お泊まりだって初体験。わたしはガッチガチに緊張してしまっており、そのせいか、微妙に記憶が飛んでいる。
枕元を手探りしてメガネを探す。スマホを見ると、TwisperのDM通知だった。
タオルケットを払って、床に敷いた客用ふとんの上に身を起こすと、ようやく頭が回りはじめた。
学校……は行かなくていいんだっけ。そうだ、今日から夏休みだ。
隣のベッドでは、ひかりが胎児のポーズですやすや眠っていた。長く、白い
だけど部屋のほうは、なんだか殺風景なありさまだった。
ベッドも机もIKEYA《イケヤ》のモデルルームみたいにオシャレなのにそう感じるのは、タンス代わりに積み上げられた衣装ケースと、部屋のすみっこに置かれたままの段ボールのせいだ。
たぶん福岡からあわてて引っ越してきたときからずっとこのままなんだろう。どうしても部屋に馴染みきれない私物たちが、この家でのひかりの居場所のなさを表しているようだった。
「んん……」
ひかりがうめいて、寝返りを打った。
やべっ。ひかりが起きる前に、さっさとメイクしてこなくっちゃ。
わたしは足音を殺して便所へ走った。
洗い忘れた習字の筆みたくバリバリになっている髪の毛をどうにかなでつけ、コンタクトを入れて、目元とくちびるにメイクをする。
いつもより微妙に決まらないのは、ひかりに借りたパジャマの丈が足りなくてつんつるてんだからだ。
ついでにトイレを済ませて部屋に戻ると、ひかりはもうすっかり目を覚ましていた。
「あら。おはよう、ひかり」
「あ……うん。おはよ、ヤミちゃん」
おはようと言っても、時間はもう十時過ぎだ。レースのカーテンを通してもなお強烈な太陽光が、部屋をほの白く照らしている。
今日もクソ暑そうだなあとうんざりした気持ちでいると、ひかりが妙にもじもじしながら話しかけてきた。
「ヤミちゃん……その、ごめんね? 昨日、あげんワガママ言って」
「んっ。い……いいのよ別に。それより、今日の昼から配信しようと思ってるんだけど、ひかり、参加できる?」
「え?
「わかってるわ。でもカンカンカンの情報を集めるなら、一日でも早いほうがいいでしょう。昨日の呼びかけにも、さっそく情報が集まりはじめてるし」
記憶が飛ぶほど緊張していても、昨日のわたしはしっかりやることやっていた。Twisperに「カンカンカン」に関する情報提供を求めるメッセージを投稿するとともに、これまでわかった限りの情報を書きこんでいたのだ(もちろん地名や人名はボカしたけど、知っている人が見ればそうとわかるようになっている)。
レンレンさんの調査結果の一部を無断で公開してしまったので、後から抗議されるかなと覚悟していたのだけれど、以外なことに、当のレンレンさんからもDMが届いていた。さっき、わたしの眠りを妨げたのがそれだ。
レンレンさんからのDMは、昨日の話のもととなった調査メモをざっくりまとめたものだった。最後に「健闘をお祈りします」と書かれていたことからして、やはりディバイン・ベルズはわたしたちにカンカンカンの件を丸投げするつもりのようだ。
「望むところよ。やってやろーじゃん……夏休み緊急生配信よっ!」
ひかりを廃人なんかにさせてたまるものか。
とにかく、まずはカンカンカンの呪いを解くのが先決だ。異界の扉がどうたらは、それからでも遅くはないだろう。
気合を入れ直すつもりで拳をグッと握ると、お腹ががグウと鳴った。
* * *
ひかりの家は二階が住居スペースで、一階がダイニングキッチン兼・お店の厨房になっている。
ダイニングに降りてきたわたしたちに、ひかりの叔父さんは朝食……もとい、ブランチを用意してくれた。お店で出しているクラブサンドだ。
「すいません。急に泊めてもらったうえに、ご飯まで」
「いいんだよ。さ、めしあがれ。産地直送の野菜にライ麦パン。素材の味とヘルシーさがウリで、うちの人気商品なんだ」
人のよさそうなひかりの叔父さんはそう言って、大皿をさし出してくる。
一目見て、大嫌いなキュウリとトマトとレタスが入っていることに気づいたわたしは、マヨネーズをむりむりぶりっとてんこ盛りにしてから、ぱくりとほおばった。
「うん。おいしいです」
「そ……それはよかった。それじゃあ、ごゆっくり……」
と、叔父さんは肩を落として店へと戻ってゆく。
おかしいな。わたし、ほめたはずなんだけど。
「ひかりに聞くのもなんなんだけど、ここのお店、ちゃんともうかってるの?」
「さあ……? でも、夕方はよく満席になっとーよ。近所のおばさんとか、おばあさんとか」
ははあ。主婦の社交場になってるタイプの店か。
「おばさんといえば、わたし、ひかりの叔母さんってまだ会ってないかも」
「ああ……。昨日帰ってきたのも、ぼくたちが寝たあとやったしね」
「お仕事? 何やってるの?」
「……塾の先生」
塾講師かあ。
それは別にいいのだけれど、叔母さんの話題になってから、ひかりが露骨に浮かない顔をしているのが気になる。
「……もしかして、叔母さんと仲悪い……?」
「えっ。う、ううん。そういうわけじゃ、ないっちゃけど……」
と、そのとき。
住居スペースになっている二階から、ぎしぎしと階段を降りる音が近づいてきた。
ややあってダイニングに姿を現したのは、まるで鉛筆みたいにひょろっとしたスーツ姿の女性だ。
まさしく、噂をすれば影。その女性こそ、わたしたちが話題にしていたひかりの叔母さんだった。
まだ若い。三十半ばくらいだろうか。叔父さんのほうは枯れた感じだったから、けっこう歳が離れてるんじゃないだろうか。
きれいな人ではあるけれど、ひかりにはまったく似ていなかった。手足は針金みたいに細長く、髪も瞳も黒々として艶がない。
ひかりのお父さんの妹だから、一応、血はつながっているはずだけど……ひかりは母親似ってことかなあ。
ひかりの叔母さんは、自宅で飯を食っている見知らぬ小娘(つまり、わたしだ)に目を留めると、不審そうに片眉を上げた。
「あっ。ど、どうも……おじゃましてます」
「……ひかりちゃんの友達?」
「ええ、その、ハイ」
「そう」
それだけ言うと、叔母さんはテキパキ自分の食事の準備をはじめた。食事といってもトーストとバナナだけで、それをコーヒーで流しこむように平らげると、書類かばんを手に、あわただしく出かけてゆく。
(な、なんつー
わたしは人見知りのコミュ障なので、初対面からガンガンに話しかけられるのはものすごくストレスなんだけど――たったふたことで会話を打ち切られると、それはそれでお尻の座りが悪い。
テーブルの向かいを見ると、ひかりも微妙な顔で視線を皿に落としていた。
なるほど。いつもあんな感じでいられたら、たとえ衝突がなくても気まずいだろう。ひかりがこの家に来るまでのことを思えばなおさらだ。
(っつってもなあ……わたしなんかが、他人の家庭の事情をどうこう言えるわけないし)
わたしだって、ママやパパと良好な関係を築けているとは言いがたい。あの人たちは娘に興味がないし、こっちだってわざわざ話すことなんてない。ケンカはないが会話もない。
そりゃあ、わたしだって昔は、いっちょまえに構って欲しい気持ちがあったけど。今はもう――……。
……うん、やめよう。こんなことを考えてたって一文の得にもならない。
「ヤミちゃん」
ぐるぐる思考を巡らせていると、ひかりが硬い表情で話しかけてきた。
「どうかした?」
「さっきから、踏切の音
わたしは息を止めて、耳をすませた。
ガラス越しに響くセミの声。エアコンのかすかなうなり。音といったらそれだけで、踏切の音なんて聞こえない。それでもわたしは、
「ええ、聞こえるわ。でも大丈夫。あいつらだって、こんな昼間から手出しなんてできないわよ」
何の根拠もなく、そう言い切ってみせた。
ひかりの少しだけほっとした表情を見て、わたしは自分の選択が間違っていなかったと思う。ただ、同時に妙な違和感を感じてもいた。
なんで、ひかりにだけ踏切の音が聞こえるのだろう。
わたしに霊感がないから? でも、先月ハリコさんに呪われていたときは、わたしにもハリコさんの姿が見えていた。呪いを通じて、ハリコさんとわたしの間のつながりが強くなっていたからだ。
今回だって、カンカンカンのDMで呪われてるのは一緒なのに……いや。でも、そういえば。昨日現れたカンカンカンは「ひかりちゃんがほしい」とは言ってたたけど、「ヤミちゃんがほしい」とは、ひとことも言わなかった。
もしかして……わたしは呪われてない……のか?
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