●どんな顔

 金曜日。

 テストは自分史上最悪のデキだった。通信簿が怖い。

 けど、今はそれよりも、我が身に差し迫った危機を恐れなくてはいけない。


 学校がお昼前に終わったので、コンビニのトイレで着替え、ついでに今日の資料を印刷してから北録城きたろくじょうのバス停にむかった。

 バスでとなりの南録城みなみろくじょうへ。いつもわたしの家の近所まで来てもらっているので、たまにはひかりの地元で会うことにしたのだ。


 バスを降りると、電柱の下に立っているひかりが見えた。

 今日は制服だ。そこにいつものパーカーを重ね着し、フードを目深にかぶってうつむいている。


「ひかり」


 遠くから声をかけると、ひかりはパッと顔をあげ、まるで飼い主を見つけた子犬みたいに駆け寄ってきた。


「ヤミちゃん。テストどうやった?」

「忘れましょう過ぎたことは。わたしたちは未来に生きているのだから」

 思わず食い気味に返す。

「え。あ、うん」

「ゴホンッ。……そんなことより、早くお昼にしましょう。どこで食べるか決めた?」

「あ、うん。むこうのマクロナルド……」

「いいわね。じゃあ行きましょう。すぐ行きましょう」


 わたしは率先して歩きだ……そうとしたがやっぱり考え直して、ひかりを先行させることにした。

 もしも路上に霊がいるのに気づかず突っこんでしまったら、わたしに「見えてない」のが一発でバレるからだ。


 思えば知り合ってからの二ヶ月間、ひかりと会うのはわたしの家でばかりだった。これまでボロが出なかったのはそのおかげだろう。


 歩道橋を渡り、大きめのスーパーに向かう。

 そこは電気屋や薬局のテナントも入っている複合施設で、その中にバーガーショップも存在していた。


 入口の自動ドアをくぐったところで、ひかりがハッと動きを止めた。つられて、わたしも身を固くする。

 この反応、まさか……霊? 霊なの?


「ヤミちゃん……」

「え、ええ」


 おおお落ち着けわたし。動揺するな。ミステリアス霊感美少女は取り乱したりしないのだ。


「……ガチャガチャやってもいい?」

 は?


 わたしがポカンとしていると、ひかりは入口横に並んでいるガチャガチャの自販機へと駆けていった。

 売っているのは、包帯グルグル巻きになったネコのマスコットキャラクター、「ねこみいら」のキーホルダー。ホワイト、クリアー、ゴールドなど、いろんなカラーがラインナップされている。


(……って! 霊じゃないんかい!!)


 わたしの心の叫びも知らずに、ひかりはワクワクしながらガチャを回している。


 くそ、ガチャガチャの分際でおどかしやがって。

 しかたないので、やり場のない怒りを百円玉にこめて自販機にぶちこんでやる。

 出てきたカプセルを開けてみると……わたしもひかりも、まったく同じピンクの「ねこみいら」だった。


「……えっ。よりによってダブる?」

よかいいやん。おそろい、おそろい」


 何がそんなに嬉しいのか、ひかりはニコニコしている。他人の気も知らないで……。


「ま、いいわ。早く行きましょう。いい席とられちゃう……」


 と、歩き出そうとした瞬間、ひかりの異変に気づいた。

 ひかりが目を真ん丸に見開き、くちびるをギュッと結びながら、床を見つめている。

 脂汗がすごい。まるで、必死で何かから目を逸らそうとしているみたいな……。


 まさか。


 今度こそわたしも硬直してしまった。

 わたしには何も見えない。何も聞こえない。

 だけど、いる。今なら、ひかりの表情を見るだけでそれがわかった。


 空気が水飴みずあめのように粘りつき、周囲の喧騒けんそうが遠のいてゆく。

 体の芯が冷えていくのとあべこべに、汗があとからあとから噴き出してきた。


「ふうっ」

 ひかりが大きく息継ぎをした。

 同時にわたしの緊張が解ける。


「……今のおじさん、すごかったねえ。ヤミちゃん……見えた?」


 ひかりが小声で言った。

 さっきから周囲にいるのは子供か主婦ばかりで、おじさんなんてひとりもいない。

 んだ。やっぱり。


「え、ええ……。あのプレッシャー、尋常じゃなかったわね。よほど強い無念を抱えた霊かしら」


 つとめて普段どおりに、わたしが適当なことを言うと、ひかりはうなずいて、


「うん。まさか、あげんあんなすごい顔した幽霊がおるなんてねえ。ぼく……びっくりして心臓が止まるかと思った。何があったら、あげん顔になってしまうんやろう……?」


 と、身ぶるいをした。


 い……一体どんな顔だったんだ……。

 うわっ、気になるぅ。

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