第三章 ハリコさんの怖い話

●怪異週間

 わたしは間違っていた。とんでもない誤解をしていた。


 この世に霊はいる。実在する。

 そして神代ひかりは、おそらく本物の霊感を持っている。わたしを襲った霊の姿を事前に言い当てていたことが、動かぬ証拠だ。


 ひかりがこれまで話したこと、わたしに言ったことに、ウソなんてひとつもなかった。ひかりはただ体験したまま、自分が見たままを話していたんだ。


 わたしがその事実を認められるようになるまで、たっぷり五日かかった。


 あの顔面白塗りピンクネグリジェババアの襲撃のあと、わたしがすぐにやったのは、靴箱と自室の四隅に盛り塩をすることだった。

 岩塩が効いたのなら、普通の塩も有効なはずだ。

 本当は家じゅうくまなく塩だらけにしたいところだったけれど、それだとパパやママが帰ってきたときに説明のしようがない。


 部屋で白塗りネグリジェババアに襲われたのが、土曜日の夕方。


 続く日曜日の昼、またドアホンをしつこく鳴らされた。

 無視していると音はやんだものの、靴箱に置いた盛り塩がドロドロに溶けていた。


 月曜日。明け方、窓ガラスを外からバンバンバンバン!! と叩かれる音で目が覚めた。前にも言ったとおり、窓の外に人が立てる場所なんかない。


 火曜日。休み時間、クラスメイトから「村上さん、先生が呼びに来てるよ」と声をかけられる。

 しかし、教室から出ても誰もいない。クラスメイトに確認してみたが、彼女はなぜか、相手の姿をよく思い出せなかった。そんなことが三回あった。


 水曜日。家の中で、誰かが廊下をとす、とす、と歩き回っている。明らかに家族の足音じゃない。


 木曜日。お風呂に入っていると、りガラスの向こうの脱衣所にピンク色の人影が立っているのが見えた。

 わたしが息を殺してジッとしていると、まばたきした拍子にフッと消え去った。


 まるで怪奇現象のオンパレード。勘弁してくれ! おかげで一時たりとも気が休まらない。

 盛り塩は毎日のようにダメになったので、頻繁に交換しなくてはいけなかった。しかも、だんだん溶けるペースが速くなってきている。


 先々週からわたしのまわりで起きていた奇妙なこと――割れた鏡や、教室の窓ガラスが叩かれたこともみんな、あの白塗りババアの仕業だったのだろうか。

 だとしても、あいつの正体はなんなんだ。どうしてわたしのところに現れた?


 ババアの姿が先々週の配信で話した「白いお婆さん」の幽霊にそっくりだということは、すぐに気づいていた。

 あれは、怪談を読んだことで霊を呼び寄せてしまうという話だった。じゃあ、わたしが狙われているのも怪談配信をしていたせい? そんなのってアリか。怪談やってる人なんて日本中にいくらだっているじゃん。なんでよりによってわたしなんだよ!


 とにかくこのままじゃマズい。なんとかしないと。


 対策その一、大人に相談する。

 これはダメだ。信じてくれるわけがない。


 対策その二。霊能者にお祓いしてもらう。

 怪談のセオリーではあるけれど、頼んだ相手がお金目当てのインチキ霊障者じゃないっていう保証はどこにある? 他ならぬわたし自身が、インチキ霊感少女だったっていうのに。


 対策その三。霊感のある人に相談する。

 これが一番、リスクが低いように思う。霊感のある人間なら、霊障れいしょうを避けるノウハウのひとつやふたつ、持っていたっておかしくはないはずだ。

 そして、身近な霊感持ちといえば、やっぱり――。

 神代ひかり。

 あの子しかいない。


 ただ、ありのままを全部話すことはできない。

 ひかりがわたしと仲良くしてくれたのは、わたしを仲間だと信じていたからだ。今さら「実はウソでした」なんて言っても、ひかりは騙されたと感じるだけだろう。

 もしも立場が逆だったら、わたしはそんなヤツを絶対に助けない。速攻で見捨てる。みじめに泣いて謝っているところを指さして、バーカバーカと笑ってやる。


 ……なら、どうする?

 これまでのお芝居を続けるしかない。


 明日は金曜――期末テスト最終日。午後はひかりとごはんを食べる約束をしている。


 わたしは怪しまれないよう、普段どおりの打ち合わせを装いつつ、霊感があるフリを続けながら、ババアへの有効な対処法をひかりから聞きださなくてはいけない。

 それができなければ、たぶん死ぬ。


 ……難易度高すぎない!?

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