第一章 学校の怖い話

●呪いのDM

 ことのはじまりは、七月も下旬にさしかかったある土曜日、わたしのTwisperツウィスパーにこんなDMダイレクトメールが送られてきたことだった。


 * * *


 カンカン・カンカン・カンカンカン。


 これは呪いの呪文です。

 この呪文を読んでしまったあなたのところには、五日以内に『カンカンカン』がやって来ます。


 カンカンカンの正体は官藤かんどうカンナちゃんという、小学校五年生の女の子です。

 ある日、踏切で遊んでいたカンナちゃんは、くつひもが線路にからまって動けなくなり、そのまま電車にひかれて死んでしまいました。


 駅員さんがバラバラになったカンナちゃんの死体を集めましたが、どうしても両手と両足が見つかりませんでした。

 体がちゃんとそろうまで、カンナちゃんは成仏できません。だから今も、代わりになる手足を探しているのです。


 カンカンカンに出会ってしまったら、あなたは手足をどれか一本をもぎとられて死んでしまいます。

 それが嫌なら、五日以内に十人の知り合いへ、この手紙を送ってください。


 これまでに九九人の子供がカンカンカンの犠牲になりました。百人目の犠牲者は、あなたかもしれません……。


 * * *


「アッホくさ……」

 わたしは思わずつぶやいていた。


 発信元のアカウント名は、単なるアルファベットと数字のランダムな組み合わせ。昨日作成されたばかりで、まだ一件のささやき(Twisperの短文投稿のことをこう呼ぶ)も投稿されていない。どう見たって捨てアカだ。


 これまでにも何度か、捨てアカから変な勧誘や悪口のDMが送られてきたことはあった。

 UMOVEユームーブで動画配信を続けている限り、変なやつに絡まれるのは宿命みたいなものだ。

 ストレートなディスりに皮肉交じりのちくちく言葉、上から目線のアドバイスに自分語り、聞いてもいないトリビア、なんだか知らないけどとにかく論破したい人達からのアプローチ。

 その中には鼻で笑って流せるようなものもあれば、腹が立ちすぎて便秘べんぴになるようなタチの悪いものもある。でも、それにしたって……。


「今どきチェーンメールはないでしょ、チェーンメールは」


 このDMの文面は、典型的なチェーンメールだ。「不幸の手紙」ともいう。

 この手紙を受け取ったあなたは不幸になります。それが嫌なら、○人以上に同じものを送ってください……とかいう、アレのことだ。


 チェーンメールは最初、郵送の手紙として誕生した。

 そこから時代の変化に合わせてパソコンのメール、ガラケーのメールへと順々に姿を変え、適応を続けてきたらしい(らしい、というのは、ほとんどがわたしの生まれる前の話だから)けれど、今ではすっかり絶滅危惧種になっている。タネがすっかり割れてしまって、今さらチェーンメールなんて誰も怖がらないからだ。

 架空請求の詐欺メールやスパイウェア入りウィルスメールのほうがよっぽど現実的だし、おっかない。


「せめてくっついてる話にオリジナリティがあれば、怪談のネタになったんだけどな~……」


 学校の怪談や都市伝説をツギハギしたようなこんな内容じゃ、わたしのチャンネルで紹介してやる気にはならない。

 闇の語り部にしてミステリアス霊感美少女、夜神やがみヤミの配信は、こんなチャチな創作怪談が通用するほど甘くはないのだよ。ふふん。


「……ま、次はせいぜい頑張っておくれ」


 わたしはDMを削除して発信者をブロックし、カンカンカンのメールにまつわる全ての記憶を頭の中から消去した。

 カンカンカンの話は、これで終わり。

 ……わたしにとっては・・・・・・・・、そのはずだった。


 と、玄関のチャイムが来客をしらせる。

 待ち人きたれり、だ。わたしは大急ぎで玄関へスッ飛んでゆく。


 ドアを開けると、熱せられた真夏の空気が中へとなだれこんできた。太陽に焼かれた向かいのビルのまぶしさに、一瞬、くらりとする。


 思わず目を細めたわたしの、すぐ正面。

 日陰になったマンションの廊下に、朝日奈あさひなひかりが立っていた。

 薄手のサマーパーカーに短パンといういつものスタイル。首にはヘッドホンをひっかけ、目深にかぶったパーカーのフードからは、生まれつき真っ白な髪の毛がちょろちょろとハミ出している。


「あ……ヤミちゃん。おじゃましまーす」


 清流のように透明なひとみを細め、陶磁器みたいに整った顔のラインをへにゃっとゆるめて、ひかりが笑う。

 その笑顔を見た瞬間、わたしの心は親しみと喜びと、それを上回る後ろめたさではち切れそうになった。


「いらっしゃい、ひかり」


 朝日奈ひかり。

 本名、神代くましろひかり。わたしと同じ中学一年生。

 わたしの相方。そして、たったひとりの友達。

 今年の四月に出会ってから、わたしたちは怪談を語るUMOVERユームーバーとして活動を続けてきた。

 そしてつい先月、ある事件を共に乗り越えたことで、その絆はいっそう深まったのだ。


 だというのに……わたしはひかりに、ウソをついている・・・・・・・・


 ひかりには本物の霊感があり、幽霊が見える。おまけに霊を引き寄せる霊媒体質だ。

 でも、わたしはそうじゃない。ミステリアス霊感美少女を自称していても、それはただのキャラ付けで、本当のわたしには何の能力ちからも才能もない。どこにでもいる、陰キャ怪談オタクの地味女子なのだ。


「……ヤミちゃん?」

 言葉に詰まったわたしの様子から、何かを察したらしい。ひかりが小首をかしげてみせた。


「な、なんでもないわ。さあ入って。暑かったでしょう」

 わたしは慌てて取り繕う。

 何事もないみたいに。ウソがばれないように。


「準備ができたら、さっそくはじめるわよ。わたしたちの怪談配信を」

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