◆だるまさんがころんだ

 分厚いカーテンで光をさえぎられた室内。青いインテリアライトが、わたしとひかりを照らし出す。

 わたしの装いは、顔を半分覆い隠す長い黒髪に、シックな黒系ワンピース。ショートカットにカジュアルルックのひかりとは好対照をしている。


「闇に魂を惹かれたフォロワーのみなさん……こんにちは。夜神やがみヤミです」

「朝日奈ひかりでーす」


 わたしたちは、毎週土曜の午後、怪談語りをメインとした生配信を行っている。

 その名も、「ヤミひかチャンネル」。

 界隈の中ではまだ弱小もいいところだけど、先日ついにチャンネルフォロワー数1000人を突破し、じわじわと波に乗りつつある。そんなチャンネルだ。


「『キララ』さん、また来てくれてありがとう。『デバウサギ』さんは、はじめましてかしら? どうぞごゆっくり。このところ、本格的に暑くなってきましたから、みなさん健康にも充分注意なさってくださいね」


 フォロワーたちのコメントを見ていると、なんかこう、「生きてる~っ!」って感じがする。

 つい先月、オカルトに首を突っこみすぎたせいで危うく死にかけたわたしだけれど、これがある以上、怪談も、配信もやめられない。


「さて。今週も霊感UMOVER『ヤミひか』が、みなさんに怪奇と幻想の物語をお送りします。今日は配信の最後にふたつ、ビッグニュースがありますから、どうか最後までお見逃しなく」


 言いつつ、ひかりに目配せをする。「ビッグニュース」のうち片方の主役は、他ならぬひかりだ。

 わたしの視線に気づいたひかりは、軽くうなずき、はにかむように微笑んだ。

 そんな何気ないやり取りが、最近は妙に楽しい。


「さて、今回のテーマは『学校の怪談』です。まずは二話続けてお聞きください。よければチャンネルフォローと『いいね』ボタンも、よろしくお願いしますね。それでは……今こそ開きましょう。闇への扉を!」


 * * *


 三重県にお住まいの「ロッシー」さんが、小学生の頃に体験したお話です。


 小学五年生のとき、彼女のクラスに、東京から転校生がやってきました。

 投稿メールには本名が書かれていたのですが……この場では一部を伏字にして、仮に宮○みやピーさんとしておきますね。


 宮○さんは、どこか自分の殻にこもっているような女の子でした。

 周囲も気を遣って、あれこれと話しかけるのですが、本人が「どっちでもいいよ」とか、「べつに、ふつう」とか、煮え切らない返事ばかりするので、なかなか親しい相手ができません。


 そんな、ある日の放課後。

 友達といっしょに、校庭で「だるまさんがころんだ」をしていたロッシーさんは、物陰に隠れるようにして自分たちを見ている宮○さんの存在に気がつきました。

 日頃から宮○さんの様子が気にかかっていたロッシーさんは、彼女のところへ近づいてゆくと、

「宮○さんも入れば?」

 と、話しかけました。


 宮○さんはためらいがちに、

「……私が入って、大丈夫かな?」

 と問い返してきます。


「大丈夫だよ。なんでそんなこと言うの?」

「前の学校に……私を見たら、絶対に意地悪してくる男の子がいて……。こっちの学校にもそういう子がいたら、イヤだなあって……」


 宮○さんがぼそぼそと話すのを聞いて、ロッシーさんはなるほどな、とに落ちた思いでした。

 前の学校でいじめられていたせいで、宮○さんは萎縮いしゅくしてしまっていたのです。

 ひょっとすると、転校してきたのもいじめが原因だったのかもしれません。「またいじめられたら、新しい学校からも転校しなくちゃいけない」――そんな思いが、宮○さんを臆病にさせていたのではないでしょうか。


「平気だって。もし変なこと言ってくるヤツがいたら、あたしがガツンと言ってあげるから」


 ロッシーさんがそう言うと、宮○さんも安心したようでした。

 ふたりは手をとりあって友達のところへ戻り、遊びの輪に加わりました。


 みなさんも、「だるまさんがころんだ」のルールはご存じですよね。細かいルールは地域ごとに違うと思いますが、簡単におさらいしておきましょうか。

 壁際に立つ鬼が「だるまさんがころんだ」と言って振り向いた瞬間、他の子供たちは動きを止めなくてはいけません。もし動いてしまったら、鬼に捕まってしまいます。

 最初に捕まった子供は、鬼と手をつなぎ、その後ろにつきます。二番目の犠牲者は、その後ろ。次に捕まった子はそのまた後ろ……と、どこまでも長くつながってゆくのです。

 生き残った子供たちは、ミスをしないように鬼へ近づいてゆき、鬼と犠牲者をつなぐ手を「切―った!」と言って、手刀てがたなで断ち切ります。囚われていた犠牲者は、そのタイミングで一斉に逃げ去り……そしてゲームはふりだしに戻るのです。


 さて。

 遊びを続けるうち、鬼につかまった宮○さんをロッシーさんが救出するという局面がやってきました。

 慎重に鬼へと近づき、宮○さんを捕えている手を「切~った!」と言ってチョップします。

 その声を合図に、囚われていた子供たちがワーッと散開しました。

 笑いながら駆けだしたロッシーさんでしたが、次の瞬間、解放したはずの宮○さんの姿がないことに気づいて、鬼のほうをフッと振り向きました。


 そして見たのです。


 知らない男の子が、半泣きでしゃがみこんだ宮○さんの手を両手でがっしりと捕まえているのを。

 ロッシーさんは、男の子が宮○さんに向ける笑顔がやけに「ねちゃねちゃ」していたのが、強く印象に残っているそうです。


 誰、あいつ。


 ロッシーさんが思った次の瞬間、その男の子の姿は、かき消すようにパッと消えてしまいました。

 鬼役の子も、いっしょに逃げていた他の子供たちも、その瞬間を目撃しました。

 たちまち、その場はパニックになりました。ワーッと叫んで逃げだす子、その場で泣き出してしまう子……。

 ロッシーさんは宮○さんが心配で、彼女のところへ走って戻りました。しゃがみこんで動かない彼女を抱き起こそうとして……男の子がつかんでいた宮○さんの左手に、青い手形のようなあざが、くっきり残っているのに気がつきました。


 さすがのロッシーさんも怖くなって、足が止まってしまいます。

 宮○さんは誰に向かって言うでもなく、ぶつぶつと同じような言葉をくり返していました。


「逃げられない……あの子が来た……あの子だった……逃げられない……逃げられない……」


 その日の遊びは、そのままお流れになりました。

 宮○さんは翌日から登校しなくなり……しばらくして担任の先生から、宮○さんが亡くなったことをしらされました。


 先生は「事故」としか言ってくれませんでしたが、母親がPTA仲間から聞いた話によると、どうやら自殺が疑われているようでした。

 転校前、宮○さんは同じクラスの男子と「トラブル」になっていたそうなのですが、つい先月、その彼が自殺していたのです。

 自分と関わりある少年の死にショックを受けた宮○さんは、もともと情緒不安定だったこともあり、突発的に自死を選んでしまった――大人たちは、そんなふうに考えているようでした。


 ……でも、ロッシーさんの考えは違います。

 彼女は今でも信じているのです。宮○さんは、その男の子に連れていかれてしまったんだ、と。

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