◆失敗心霊写真

 続いて、フォロワーの「忌鷲いまわし」さんが、大学時代のお友達から聞いたというお話。


 そのお友達……仮にAさんとしましょうか。

 彼は中学生のころ、いわゆる「いじられキャラ」だったそうです。


 たとえば修学旅行で訪ねた史跡に大きな石碑があったりすると、まわりの男子たちが「おいA、あそこ登ってみろよ」とはやしたてます。

 気は進みませんが、みなに言われると嫌とは言えません。つい、石碑に登ってポーズを取ったりしてしまいます。

 当然、みんなからは笑われますし、先生には叱られます。それがわかっていてやめられないのは、そうすることで「場がシラケるのが怖かった」からだといいます。

 暴力を振るわれたり、暴言をぶつけられていたわけではありませんが、そういう空気を作って特定のひとりを追いつめていたという点では、これも立派ないじめでしょう。


 Aさんが中学三年生になった夏のこと。

 いつもAさんをいじってくるクラスメイトのひとりが、部活のOBから、ある怪談話を仕入れてきました。少子化で使われなくなった空き教室のひとつで、下校時間を過ぎてから写真を撮ると、幽霊が写るというのです。


 例によって「A、やってみろよ」という話になりました。Aさんは内心、嫌だなあと思いながらも、表向きは笑ってうなずきました。


 問題の教室は鍵がかかっていて入れませんが、窓越しに写真を撮ることはできます。Aさんは教室近くのトイレに隠れて、下校時間を待ちました。


「残っている生徒は、すみやかに下校してください」

 放送を聞きながら、薄暗いトイレで息を殺します。

 幽霊よりも怖いのは、見回りの先生に見つかったり、施錠された校舎に閉じこめられて、機械警備のセンサーを作動させてしまうことでした。


 時計の針が完全下校の18時半をまわった瞬間、Aさんはトイレを飛び出して、問題の教室をスマホのカメラで連写しました。

 そして写真を確認もせず、一目散に階段を駆け下りると、施錠前の昇降口から脱出したのです。


 さて、家に逃げ帰ったAさんは、スマホの画像フォルダーを確認して、ガックリと肩を落としました。

 そこには幽霊はおろか、おかしな光や影のひとつも写りこんではいなかったからです。

 ほこりっぽい空き教室が、フラッシュの光に浮かび上がっている――ただ、それだけの写真でした。


 こんな写真を見せても、みんなは納得しないだろう。もう一度撮って来いと言われるか、さもなければ、それ以上の無理難題をふっかけられるに違いない。


 Aさんはそう思いながら、翌日、暗い気持ちで登校しました。

 あんじょう、いつものメンバーがやってきて、「ちゃんと撮ってきたなら、写真見せろよ」と言います。

 しぶしぶ、Aさんがスマホの画像フォルダーを見せると……彼らは一斉に、ウワアッと悲鳴をあげました。


「な……なんで、夢のヤツが写ってんだよ!!」


 彼らの言い分をまとめると、こうです。


 今朝がた、変な夢を見た。

 学校の廊下に、知らない少年が立っている。なすび・・・を思わせるしもぶくれの顔をした、トロくて気の弱そうな男子生徒だ。そいつの顔を見ていると、なぜかイライラがこみあげてきて――気づけば、何度も何度もそいつを殴っている。そんな夢だった。


 ただの夢だから、知らない少年のひとりやふたり、出てきたところで別に気にも留めなかった。

 しかし、Aくんの撮ってきたという写真を見た瞬間、前提がひっくり返ってしまった。

 空き教室にむかって連写した画像のすべてに、その、なすび顔をした少年が写っていたからだ。

 少年は怒っているふうでもなく、恨んでいるふうでもなく、ただボンヤリした青白い顔をこちらに向けて立っている。

 そんな立ち姿まで、夢に出てきたときと瓜二つなのだ――。


 はっきり言って、Aさんは彼らの話にちっともついていけませんでした。

 なぜならAさんの目に、その画像は家で確認したときと同じ、ただの空き教室を映した写真としか映らなかったからです。少年の姿は、Aさんに写真撮影を命じたメンバーにしか見えていないのでした。


 この一件がよほど不気味に感じられたのでしょう。そのグループはそれ以来、Aさんに積極的に話しかけてくることはなくなり、結果的に、彼がクラスでいじられることもなくなりました。


「もしかしたら幽霊が、いじめられてる自分を助けてくれたのかな」


 Aさんは、今ではそんな風に思っています。

 ただ、その中学校で過去に亡くなった男子生徒などはおらず、なすび顔の少年が何者だったのかは、今もわからないということでした。


 * * *


 よしよし。我ながら快調なすべりだし。


 コメント欄を流れてゆく怪談の感想を眺めていると、「ヤミちゃんは心霊写真とか持ってないんですか?」という書きこみが目についた。


「心霊写真ねえ……」


 ……そういえば。


 わたしはひかりを小さく手招きすると、マイクがぎりぎり拾わないくらいの小声で耳打ちをした。


「この前、歩道橋でハリコさんの写真を撮ったでしょう。ほら、わたしを助けてくれたとき。あの写真って、残っていないの?」


 ハリコさん、というのは、先月わたしを襲ったとんでもない悪霊の名前だ。詳細は省くけれど、ひかりはそのとき、ハリコさんの姿を撮影することで呪いを自分の体に移し、わたしを危機から救ってくれた。


 ……ところが、ひかりの返答は、わたしの期待を斜め下に突っ切るようなものだった。


「撮っとらんよ?」

「は?」

「やけん、ぼく、ハリコさんのことげななんか撮っとらんよ。向かいのビル撮っただけ。あのときはただ、フラッシュいて大きな音鳴らしたら、びっくりしたハリコさんが怒ってこっちくるかなって」

「えー……?」


 いやいや。おかしいおかしい。

 ハリコさんの呪いがかかる条件は、彼女の姿や家を写真に撮ることだったはずだ。ひかりがそれをしていないんだとしたら、辻褄つじつまが合わなくなってしまう。


「それに、ひかりはあのとき、『ハリコさんのつながりがぼくに移った』って――」

「うん。だって、オバケがくっついてきたらズシーって肩が重くなるやん? ……あれ……もしかして、ヤミちゃんはそげんならんとそうならないの?」

「ンッ!? いやっ、な……なるわよ? き、昨日なんて四七人組アイドルグループの霊に憑かれちゃって、もー肩が一トンくらい重くなって大変だったわ~!!」

「ええ……なんそれ……」

「そっ、それより! ひかりは何か、学校で怖い体験をしたことはないかしら? あるならぜひ、フォロワーのみなさんに紹介してほしいのだけれど」

「ぼく? うーん……そうやねえ」


 どん引き気味のひかりへたたみかけるようにして、わたしは強引に話題を変えた。

 結局、呪いの件についてはに落ちないままだけれど……これ以上そこを突っこむと、わたしのウソのほころびまでポロリしかねない。


「今の学校で、怖かったことっていったら……あれかなあ」


 そう言って、ひかりは語りはじめる。

 自分自身の霊感がとらえた、奇妙なモノたちの話を。

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