◆メールしていい?

 広島県にお住まいの「ワルキッソス」さんからの投稿です。


 今からおよそ十五年前。メッセージアプリやチャットツールがなく、携帯電話でのやりとりはメールが主流だった頃のお話です。


 二年生に、ひとりの女子生徒がいました。ここでは、仮にMさんとしておきましょう。

 携帯電話を買ってもらったばかりのMさんは当時、Eメールのやりとりにすっかりハマっていました。クラスの友達や部活の友達はもちろん、ネット上の掲示板にも出入りして、積極的にメルともを増やしていたそうです。


 ……ん、ひかり、何?

 ああ、メル友っていうのは、「メール友達」のこと。昔はあったのよ、そういう言葉が。


 さて、ある日のこと。ちょっとした事件が起こりました。

 授業中、こっそり隠れてメールを打っていたのがバレたMさんは、先生に携帯電話を没収されてしまったのです。

 傍目から見てもMさんが悪いのは明らかでしたが、なぜか彼女は携帯を奪われることを嫌がり、異常なほど抵抗しました。どうしても今日、その携帯が必要だというのです。

 Mさんは、没収された携帯電話を取り戻すため、昼休みに職員室へ侵入して先生の机をあさろうとまでしました。そうなると、携帯没収くらいでは済まない大問題です。Mさんの母親が学校に呼ばれ、彼女は結局、母親に連れられて早退していきました。


 その様子を見ていたクラスメイトたちも、

「たかが携帯のメールのためにそこまでする?」

「必死すぎでしょ。引くわー」

 と、ひそかに話していたということです。


 その日の放課後のこと。


 Mさんのクラスメイトのひとりが、下校時間ぎりぎりまで残って、自分が所属する陸上部室の片づけをしていました。Cさんとでもしておきましょうか。


 Cさんの部室は一階にあり、アルミサッシの窓がひとつ、裏庭に面する形でついていたそうです。

 黙々と片づけを進めていると、その窓に、ふ、と影がさしました。おやっと思ってそっちを見ると、こつ、こつ、と遠慮がちにガラスをたたく音がします。


「Cちゃん……メールしていい?」


 Mさんの声でした。

 MさんとCさんは、アドレスこそ交換していたものの、とりわけ親しいというわけでもありません。

 だから早退したはずの彼女を心配するよりも先に、呆れる気持ちのほうが先に立ちました。


「はあ? 何?」

「ねえ、メールしていい?」

「いや、言いたいことあるなら直接言いなよ。っていうか、あんた、こんなとこいていいの?」

「メールしていい? いいよね? メールしていいよね?」

「メールメールって……今日もそれで怒られたばっかじゃん。なんか変だよあんた。何考えてんの?」

「ねえ、いいよね。メールしていいよね? するよ? メールするよ?」


 会話が噛みあいません。

 Cさんはこれ以上相手をしたくなくて、


「ダメッ! そんなの送ってこないで!」


 と、強い口調で拒絶しました。その直後、


 ヴガガガッ。ヴガガガガッ。


 テーブルの上に置いていた携帯電話が振動したのです。メールの着信だと、すぐにわかりました。


「ちょっとぉ! 送るなって言ったでしょ!」


 Cさんはいよいよカッとなって窓辺に駆け寄ると、勢いよく開け放ちました。

 誰もいませんでした。


(あれっ?)


 あの子、こんなに逃げ足速かったっけ。


 Cさんは首をかしげながら、自分の携帯に届いたメールをチェックしました。

 やはり、Mさんからのメールです。着信時間は、18時44分。

 なぜかメールの件名も本文もすっかり文字化けしてしまっており、それ以上のことは何もわかりませんでした。

 性質たちの悪いイタズラだと思ったCさんは、ムカムカした気持ちを抱えたまま片づけを終え、家路につきました。


(明日、あの子が来たらキツく言ってやろう)

 と思いながら。


 ですが、その機会は訪れませんでした。

 翌日、登校したCさんは、Mさんが不慮の事故で亡くなったことを聞かされたのです。


 なんでも早退させられた直後、Mさんは親の目を盗んで家を飛び出し、その直後に事故に遭ったとのことでした。

 ほとんど即死だったそうです。


 ただ……そうすると、おかしなことになります。

 Mさんが早退したのは午後の授業が行われている最中。まだ15時台の話です。その直後に亡くなったのだとすれば、せいぜい16時前後……まず17時はまわっていなかったことでしょう。


 だったら。

 18時44分に送られてきたあのメールと、その直前に話しかけてきたMさんは――いったい何だったのでしょうか。


 このお話はCさんの所属していた陸上部に代々語り継がれており、ワルキッソスさんも合宿の夜、先輩から聞かせてもらったんだそうです。

 その先輩は、こんな言葉で話をしめくくっていました。


「でもさ。幽霊になって出てきてまでやりたかったことが、携帯のメールなんて……ある意味、そのほうが怖くない?」

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