◆びしょびしょ女がついてくる

「むーん……」


 話を聞き終えたひかりがいつになく渋い顔をしているの見て、わたしは首をかしげた。


「どうしたの、ひかり。今の話、つまらなかった?」

「あ、ううん。そうやないけど……なんか今日、いじめの話が多いごたねえみたいだねえ、って思って」


 言われてみれば、確かにそうだ。わたしの語ったのは三話が三話とも、いじめのからんだ話になっている。


「……まあ、閉鎖的な空間に大勢の人間を閉じこめたりすれば、いじめのひとつやふたつ起きるわよ。いじめのない学校なんて、この世のどこにもないわ」

「そうかなあ」

「そうよ。……大人が言うほど明るく楽しい場所じゃないもの。学校って」


 思わず陰キャ地味女子の本音がれる。

 それを聞いたひかりも、学校に対しては思うところがあるらしい。覇気はきなくテーブルに突っ伏すと、

「あーあ。ぼく、ヤミちゃんと同じ中学やったらよかった。そしたら、もっと楽しいのに」

 と言った。


 ……わたしもだよ、ひかり。


 心の中でしみじみ同意する。

 たったひとりの友達に出会えたことは僥倖ぎょうこうだけど、その友達と、学校の外でしか会えないのはものすごく歯がゆい。

 もしも、ひかりが同じクラスにいてくれたら、灰色の中学生活も彩り豊かになるに違いないのに。

 毎日、授業の合間にたわいないおしゃべりをして、いっしょにお昼を食べて、放課後は遊びに行って……。

 ……あ。

 やっぱそれダメだ。ダメダメダメダメ。絶対ダメ。


「そっ……そーぉかしら~!? わたしは、適度な距離感がある今の関係も好きよ? うん」

「えー? そう?」


 ひかりは不服そうに口をとがらせる。


 そんな顔されたって、ダメなものはダメだ。

 ひかりが同じ学校にいる。それってつまり、素のわたしを見られちゃうってことじゃないか!


 夜神ヤミは、虚飾きょしょくのわたし。

 メガ盛りに盛りまくった偽りの姿でしかない。

 真実のわたし――本名は村上むらかみ康美やすみ――は、いたって凡庸ぼんような人間だ。

 いや、むしろ凡庸というよりは平均以下。一般JCじょしちゅうがくせいに比べればだいぶ見劣りすると言っていい。

 村上康美は運動音痴で、コミュ症いんキャで、クソダサメガネの地味女子だ。総天然美少女のひかりとは月とすっぽん。

 それだけならまだいい(よくないが)。

 致命的なのは、わたしに霊感がないことだ。ひかりには四六時中見えている霊の姿が、わたしには全然まったくこれっぽっちも見えない。

 そのウソがいまだにバレずにいるのは、わたしとひかりが週に一度、配信のときにしか顔を合わせないという、浅いつきあいをしているからだ。

 これがもし、毎日会うなんてことになったら……わたしのウソが露呈する可能性は、一気に跳ね上がってしまう。


 だからわたしは、今のひかりとの距離を保たなくてはいけない。毎日は会わない。プライベートには干渉しない。そういう関係でいるべきなのだ。


「え~っと……そ、それじゃあ、次はいじめと関係ない話にしましょうか。ひかり、何かある?」

「え、ぼく? 学校の話よね? うーん……遠足の話でもよかいい?」

「バッチリ」

「じゃあ話すね。ぼくが小学校にあがってすぐ、一年生の歓迎遠足っていうのがあったっちゃけど……」


 * * *


 みんなの学校にはあったかなあ、歓迎遠足。

 ぼくの学校では、六年生のお兄さんお姉さんに手つないでもらって、自然公園みたいなとこまで歩いていくことになっとった。


 その日、行きはカラーッと晴れとったっちゃけど、公園についてから急に天気が崩れて、雨が降り出してね。

 ただの通り雨みたいな感じやったけん、ぼくたちは管理棟とか、あずまや・・・・の屋根の下とかに散らばって避難して、雨宿りすることにしたと。


 ぼくも同じクラスの子たちといっしょに、大きな木の下で、雨がやむのを待っとった。

 そしたら……ちょっと離れたところに、変な女の人がおったっちゃん。


 最初、その人もぼくたちみたいに、木の下で雨宿りしとーとしてるのかなって思ったと。

 でも、その人が立っとーところの木って、そこだけ葉っぱがハゲハゲになっとって、全然隠れるところがないっちゃん。やけん、その人も全身びしょびしょで。長い髪と白いブラウスがペターッてはりついて、はだしの足が泥だらけやった。


 ぼく、それ見て思ったっちゃん。

 あの人、なんであげんとこあんなところおるっちゃろいるんだろう。こっち来たらいいのに……って。


 そうしたらね。

 次の瞬間、肩がズシーッて重くなったと。

 びっくりして後ろ見たら、その、びしょぬれの女の人が、ぼくの肩に手置いて立っとーっちゃん。それなのに、目は全然違う、遠くのほうば見とーとみてるの

 さっきのハゲハゲの木の下には、当然誰もおらんくなっとってね。ぼくもようやく気づいたっちゃん。

 この人、オバケやって。

 こっち来たらいいのにとか、そういうこと考えたらいかん人やったったいねだったんだよね


 ぼく、急に気持ち悪くなってしまって、結局、先生の車で学校まで送ってもらうことになったと。


 ばってんだけど、その女の人、先生の車にもいっしょに車に乗ってきてね。学校までついてきたっちゃん。

 スーッとその人がぼくの隣に乗ってきとーとにきてるのに、先生はなーんにも言わんと。あの人、やっぱりぼくにしか見えとらんかったっちゃろーねみえてなかったんだろうね

 ぼく、このまま女の人が家までついてきたらどうなるっちゃろうってことばっかり考えてしまって、ちかっぱすごく怖かった。


 で、学校に着いたら……先生が電話で呼んでくれたっちゃろうね。お父さんが迎えに来とったと。


 これ、前に言ったかなあ。ぼくのお父さんも、すこーしやけどオバケが見える人やったっちゃん。

 で、お父さんね。

 先生と別れて、お父さんのほうに歩いてくぼくの背中に、びしょぬれの女の人がくっついとーとてるのがが見えたっちゃろうね。

 そっちに向かって、


「こっちはおまえの来るとこじゃなかない。来るな。……来るな!」

 って。


 そしたら女の人、スーッと離れていったちゃん。

 あのときは、ほんとにホッとしたねえ……。


 でもね。

 その女の人、もとの公園に戻ったわけじゃなかったとよ。

 次の日学校に行ったら、校庭の、桜の木の下におったと。

 次の年から、その木だけ花が咲かんくなったって、先生たちも不思議がっとった。……ぼくはあんまりそこには近づかんよーにしとったけん、本当にその人のせいかどうかは、わからんけどね。

 ぼく、五年のときにこっちに引っ越してきたっちゃけど、そのときまではその人、そこにおったよ。


 やけん……今もまだ、同じところにおるっちゃないかなあ。


 * * *


「なにそれ、こわ……。霊媒体質のひかりにくっついてきた霊がお父さんに追い払われて、そのまま学校に居ついちゃったってこと?」

「んー……。わからんけど、そうかも」


 先月までのわたしなら、こんな話が実体験だなんて信じなかったろうけど、ひかりが話してるってことはマジなんだろうなあ。


 っていうか、ひかりのお父さんが霊感持ちだったなんてわたしも初耳なんだけど!!


 ひかりのお母さんは、ひかりが小さい頃に行方不明になっている。そこでひかりはお父さんとふたり、福岡でずっと暮らしていたらしいのだが、数年前に、そのお父さんも亡くなってしまった。

 詳しくは知らないが、事故らしい。

 そこでひかりは福岡を離れ、唯一の肉親である叔母夫婦が暮らすここ、神奈川県の録城ろくじょうに引っ越してきたのだ。


 霊感のせいで孤独な思いをしてきたひかりにとって、お父さんの存在はさぞ大きかったことだろう。それを失ったときのショックは、想像するにあまりある。


 ……で、わたしは、そのショックにつけこんでまんまとひかりのふところに入りこみ、いまだに唯一の理解者ヅラをしているニセ霊感女ってことになるわけで……。


 うああああっ。

 自分の立場を再認識したら、また罪悪感ポイントがモリモリたまりはじめたーっ。


「……ヤミちゃん、どうかした? 頭、かゆいと?」

「い……いいえ、別に? ちょっと霊障れいしょうがね? そんなことより怪談しましょう、怪談を。次はわたしが話すわねっ」

「……う、うん……?」

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