◆真っ赤なケーキ

「画面から出てくる魚ねえ。そんな話、他では聞いたことがないけれど……。ただ、場所がパソコン教室というのはなかなか意味深ね」

「どういうこと?」

「学校の怪談って、特別教室が舞台になりやすいのよ。音楽室や理科室、プールみたいな場所って、普段はあまり立ち入らないでしょう? いわば学校という日常・・の中の非日常・・・……ふたつをへだてる『境界』がそこにある、とも考えられるわけ」

「ぜんぜんわからん」


 ひかりの目が点になっている。

 アホ面してても妙に絵になるのは、それだけ元がいいからだ。わたしは苦笑した。


「まあ、そういうものだと思って聞いてちょうだい。別にわたしが考えたんじゃなくて、民俗学者や評論家の受け売りなんだから。……でね。もうひとつ、多くの怪談に共通する法則があるの。『オバケは境界に出る』」

「……ふうん?」

「山道や海岸、墓地なんかもそう。さらに言えば、窓、扉、ふすま、道路に駅、水面、鏡、そして電子機器のモニター。あちらとこちらを隔てるものであれば、なんでも境界になりうるわ。そして……ときおり人は、その境界のむこうに異界を見てしまう」

「イカイってなん?」

「わたしたちのいる世界とは違う、別のどこかよ。あの世かもしれないし、異次元かもしれない。とにかくわたしたちの理解できない法則が働き、わけのわからないモノがいる世界」

「オバケの世界ってこと?」

「まあ、そういう言い方もできるわね。ひかりが見てしまったのも、もしかしたら、そうしたモノの一端だったのかもしれないわよ」


 ほへえ、とひかりが間の抜けた相槌あいづちをもらす。


「じゃあ、そういう場所に近づかんどいたらちかづかないようにしてたら、オバケば見らんでみなくてすむってこと?」

「それは……まあ、時と場合によるんじゃないかしら。場所の境界だけじゃなく、時間の境界・・・・・だってあることだし」

なんそれ?」

「そうね……夕方のことを、逢魔時おうまがときというでしょう? あれは、昼間と夜の境界である夕方にこそオバケと出逢いやすいという考え方から、そう呼ばれているの。それだけじゃないわ。日常と非日常の境界という意味でなら、運動会や卒業式みたいな学校行事も同じカテゴリーに入るし……個人の記念日だってそうよね」


 そこでわたしは、ちょうどピッタリの怪談がストックにあることを思い出した。

 ふせんだらけの愛用バインダーをめくって、語り用の原稿を探す。


「……あった。たとえば、こんなのはどうかしら。誕生日・・・にまつわるお話よ」


 * * *


 フォロワーのm@rkマークさんが送ってくれたお話です。


 みなさんは「紫の鏡」をご存じでしょうか。

 ニ十歳までその言葉をおぼえていると死ぬ、とか、不幸になる、とか言われている、呪いの言葉のひとつですね。


「イルカの足」や「血まみれのコックさん」など、似たよう話は他にもたくさんあるのですが、m@rkさんの中学校に伝わっているのは「真っ赤なケーキ」という言葉でした。

 その言葉を十三歳の誕生日まで覚えていると、不幸になるというのです。


 さて。m@rkさんが一年生のとき、同じクラスに、とてもとても神経質な女の子がいました。

 たまにいますよね。教室に虫が入ってきただけで大騒ぎしたり、先生に注意されるとすぐに大泣きしてしまったり……。

 その子がそうなると授業も行事もストップしてしまうので、正直なところ、クラスメイトからはうとましく思われていました。


 そんなあるとき、女子グループの一部が、その子をらしめてやろうと思い立ちました。

 懲らしめるといえば聞こえはいいのですが、実際は、みんなでいじめてさを晴らしてやろうという感じだったようです。


 そんな彼女たちの思いついたいじめというのが、問題の子にむかって「真っ赤なケーキ!」と叫ぶことだったのです。

 彼女が十三歳の誕生日を迎える十日ほど前から、毎日、毎日……。


 最初に話したような性格の子ですから、真っ赤なケーキの噂もすっかり信じ込んでいました。

 おかげで女子グループのいじめは効果てきめん。真っ赤なケーキ、真っ赤なケーキと言われるたびに、彼女は「やめてよ」と耳ふさいで泣きました。

 いじめるほうは、その反応を面白がってよけいにエスカレートするわけです。


 彼女は、先生にも訴えたらしいのですが……「そんなバカみたいな話、いちいち信じるなよ」と、逆に叱られてしまったそうです。

 先生たちも、トラブルメーカーな彼女の存在を持て余していたのかもしれません。


 やがて――問題の誕生日がやって来ました。

 学校に現れた彼女は、朝から耳をふさぎ、机に突っ伏してジーッと動かなかったそうです。

 よほど、「不幸」が来るのが怖かったのでしょう。


 m@rkさんはその様子を見て、さすがにかわいそうに思ったそうです。

 ……ただ、そうは言っても、今日一日が終われば「なにもなかった、ただの噂だったんだ。なーんだ」で済む話です。

 それを思うと、真剣になぐさめるのもばかばかしい気がして……結局はみな、彼女のことをほったらかしていました。


 事件は給食の時間に起こりました。

 食事中、その子が突然、ワーッと泣き出したのです。クラスメイトたちは「またいつものがはじまったぞ」といううんざりした様子で、その子のほうを見遣ったのですが……。


 その子の机は血まみれでした。


いひゃい、いひゃい」と泣いている彼女の口から、ぼたりぼたりと血が垂れて、周囲を血の海に変えていたのです。

 教室は大パニックになりました。


 後で調べてみたところ、パンの中に無数のガラス片が混入していたことがわかりました。彼女はそれで、口の中をめちゃくちゃに切り裂かれてしまったのです。

 たっぷりと彼女の血を吸ったパンの断面は、真っ赤に染まっていました。

 まるで真っ赤なケーキみたいに。


 本当にそんなことが起きてしまったわけですから、今度は、彼女をいじめた女子グループの方が怖くなりました。結局、全員そろってお祓いを受けに行ったそうです。


 問題の女子はしばらく学校を休んでいましたが、学年が上がったあたりで復学して、そのまま普通に卒業しました。

 だから、それだけの話……ではあるのですが。


 m@rkさんは、たまに考えてしまいます。

 毎日、工場から何千個も出荷されているパンの中から、彼女が当日、ガラス入りのパンを引いてしまう確率は、いったいどれくらいだったのだろう、と。


 ここからは余談になります。

 実は、m@rkさんの誕生日は、例の彼女と一日違いでした。彼のほうが、一日早かったのです。

 女子たちが毎日「真っ赤なケーキ、真っ赤なケーキ」と言うのを横で聞いてたわけですから、彼も当然、呪いの言葉を覚えた状態で十三歳を迎えていることになります。


 でも――何もなかった。


 m@rkさんと彼女は、いったい何が違ったのでしょうか。

 あるいは自覚していないだけで、実際は、何か不幸に見舞われていたのでしょうか。

 そう考えると……今でもときどき、怖くなるんだそうですよ。

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