◆真っ赤なケーキ
「画面から出てくる魚ねえ。そんな話、他では聞いたことがないけれど……。ただ、場所がパソコン教室というのはなかなか意味深ね」
「どういうこと?」
「学校の怪談って、特別教室が舞台になりやすいのよ。音楽室や理科室、プールみたいな場所って、普段はあまり立ち入らないでしょう? いわば学校という
「ぜんぜんわからん」
ひかりの目が点になっている。
アホ面してても妙に絵になるのは、それだけ元がいいからだ。わたしは苦笑した。
「まあ、そういうものだと思って聞いてちょうだい。別にわたしが考えたんじゃなくて、民俗学者や評論家の受け売りなんだから。……でね。もうひとつ、多くの怪談に共通する法則があるの。『オバケは境界に出る』」
「……ふうん?」
「山道や海岸、墓地なんかもそう。さらに言えば、窓、扉、
「イカイって
「わたしたちのいる世界とは違う、別のどこかよ。あの世かもしれないし、異次元かもしれない。とにかくわたしたちの理解できない法則が働き、わけのわからないモノがいる世界」
「オバケの世界ってこと?」
「まあ、そういう言い方もできるわね。ひかりが見てしまったのも、もしかしたら、そうしたモノの一端だったのかもしれないわよ」
ほへえ、とひかりが間の抜けた
「じゃあ、そういう場所に
「それは……まあ、時と場合によるんじゃないかしら。場所の境界だけじゃなく、
「
「そうね……夕方のことを、
そこでわたしは、ちょうどピッタリの怪談がストックにあることを思い出した。
ふせんだらけの愛用バインダーをめくって、語り用の原稿を探す。
「……あった。たとえば、こんなのはどうかしら。
* * *
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みなさんは「紫の鏡」をご存じでしょうか。
ニ十歳までその言葉をおぼえていると死ぬ、とか、不幸になる、とか言われている、呪いの言葉のひとつですね。
「イルカの足」や「血まみれのコックさん」など、似たよう話は他にもたくさんあるのですが、m@rkさんの中学校に伝わっているのは「真っ赤なケーキ」という言葉でした。
その言葉を十三歳の誕生日まで覚えていると、不幸になるというのです。
さて。m@rkさんが一年生のとき、同じクラスに、とてもとても神経質な女の子がいました。
たまにいますよね。教室に虫が入ってきただけで大騒ぎしたり、先生に注意されるとすぐに大泣きしてしまったり……。
その子がそうなると授業も行事もストップしてしまうので、正直なところ、クラスメイトからは
そんなあるとき、女子グループの一部が、その子を
懲らしめるといえば聞こえはいいのですが、実際は、みんなでいじめて
そんな彼女たちの思いついたいじめというのが、問題の子にむかって「真っ赤なケーキ!」と叫ぶことだったのです。
彼女が十三歳の誕生日を迎える十日ほど前から、毎日、毎日……。
最初に話したような性格の子ですから、真っ赤なケーキの噂もすっかり信じ込んでいました。
おかげで女子グループのいじめは効果てきめん。真っ赤なケーキ、真っ赤なケーキと言われるたびに、彼女は「やめてよ」と耳ふさいで泣きました。
いじめるほうは、その反応を面白がってよけいにエスカレートするわけです。
彼女は、先生にも訴えたらしいのですが……「そんなバカみたいな話、いちいち信じるなよ」と、逆に叱られてしまったそうです。
先生たちも、トラブルメーカーな彼女の存在を持て余していたのかもしれません。
やがて――問題の誕生日がやって来ました。
学校に現れた彼女は、朝から耳をふさぎ、机に突っ伏してジーッと動かなかったそうです。
よほど、「不幸」が来るのが怖かったのでしょう。
m@rkさんはその様子を見て、さすがにかわいそうに思ったそうです。
……ただ、そうは言っても、今日一日が終われば「なにもなかった、ただの噂だったんだ。なーんだ」で済む話です。
それを思うと、真剣になぐさめるのもばかばかしい気がして……結局はみな、彼女のことをほったらかしていました。
事件は給食の時間に起こりました。
食事中、その子が突然、ワーッと泣き出したのです。クラスメイトたちは「またいつものがはじまったぞ」といううんざりした様子で、その子のほうを見遣ったのですが……。
その子の机は血まみれでした。
「
教室は大パニックになりました。
後で調べてみたところ、パンの中に無数のガラス片が混入していたことがわかりました。彼女はそれで、口の中をめちゃくちゃに切り裂かれてしまったのです。
たっぷりと彼女の血を吸ったパンの断面は、真っ赤に染まっていました。
まるで真っ赤なケーキみたいに。
本当にそんなことが起きてしまったわけですから、今度は、彼女をいじめた女子グループの方が怖くなりました。結局、全員そろってお祓いを受けに行ったそうです。
問題の女子はしばらく学校を休んでいましたが、学年が上がったあたりで復学して、そのまま普通に卒業しました。
だから、それだけの話……ではあるのですが。
m@rkさんは、たまに考えてしまいます。
毎日、工場から何千個も出荷されているパンの中から、彼女が当日、ガラス入りのパンを引いてしまう確率は、いったいどれくらいだったのだろう、と。
ここからは余談になります。
実は、m@rkさんの誕生日は、例の彼女と一日違いでした。彼のほうが、一日早かったのです。
女子たちが毎日「真っ赤なケーキ、真っ赤なケーキ」と言うのを横で聞いてたわけですから、彼も当然、呪いの言葉を覚えた状態で十三歳を迎えていることになります。
でも――何もなかった。
m@rkさんと彼女は、いったい何が違ったのでしょうか。
あるいは自覚していないだけで、実際は、何か不幸に見舞われていたのでしょうか。
そう考えると……今でもときどき、怖くなるんだそうですよ。
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