●カンカンカンが聞こえる

 その後もいくつか怪談を語っていると、あっという間に一時間が過ぎた。そろそろ切り上げどきだ。


「さて。お別れの時間が近づいてきましたが……その前に。冒頭にお伝えした、ビッグニュースの発表に移らせていただきます。……告知そのいち!」


 わたしは横目で、ひかりと視線を合わせた。

 ひかりがうなずき返してくる。


「朝日奈ひかり、Twisperツウィスパーアカウント開設ぅ~!」


 ぱちぱちぱち、と手を叩きつつ、マイク前をひかりに譲る。抜けるように白い肌をほんのり上気させて、ひかりがフォロワーに語りかけはじめた。


「えっと。これまでは、ヤミちゃんがひとりでTwisperツウィスパーにお知らせ書いたりとか、みんなから送ってもらった怪談読んだりしてくれよったっちゃけどしてくれてたんだけど、ぼくも、ちょっとくらいはお手伝いしたいなって思って……」

「ひかりのほうから提案してくれたのよね」


 もともとわたしから誘ったんだから当然といえば当然だが、ひかりはこれまで、配信に対しては割と受け身な姿勢だった。そんな彼女が能動的にチャンネル運営に関わろうとしてくれたのは、純粋にうれしい。LIMEライム通話でその相談をしたあと、コンビニまでスキップで買い物に行ったくらいだ。


「というわけで、これからはひかりのアカウントでもみなさんの体験談や、知り合いから聞いた怖いお話を募集していきます。DMや返信リプライで気軽に交流してくださいね。……ひかり、アカウント名は?」

「あ。えーっと、@KWAIDAN_ASAHINA_HIKARI。……です」

「ありがとう。みなさん、よければぜひフォローしてくださいね。これまで使っていた@KWAIDAN_YAGAMI_YAMIのアカウントは、引き続きわたしの個人アカけん『ヤミひか』公式アカとして運営していきますから、そちらもどうぞよろしく。……さて、続きまして告知その! フフフ……みなさん、これはすごいですよ? なんと、あの・・……あの・・女子高生怪談師UMOVER……」


 わたしはたっぷりタメを作ってフォロワーを焦らしてから、その名を高らかに告げる。


「『ディバイン・ベルズ』とのコラボ動画作成が決定しました――ッ!!」


 刹那せつな、普段はそのへんの側溝のごときペースでちょろちょろ流れていたコメント欄が、華厳けごんの滝もかくやという猛スピードで更新されはじめた。

 ぬっふっふ、そうよのうそうよのう。

 こんな場末の(って、自分で言ってりゃ世話ないが)配信を生放送リアタイで聞きにくるほどの怪談ジャンキーどもが、『ディバベル』の名前に反応しないはずがない。


 ディバイン・ベルズ。

 フォロワー数、10万人以上。

 UMOVER事務所に所属している、三人組の女子高生怪談ユニットだ。UMOVE怪談界隈では指折りの有名人と言ってよい。

 人気の秘訣ひけつは、怪談の上手うまさもさることながら、音楽活動を行ってCDまで出していたり、メンバー全員が霊能者であるといううわさがあったりといった、話題性の豊富さにあるだろう。あと、全員マジで顔がいい。


 わたしたちは先月、そんな雲上人うんじょうびとであるディバベルと、ひょんなことから顔を合わせることとなった。

 そしてその場で、一緒にコラボ動画を撮らないかと打診されたのである。


 フォロワーには秘密だけれど、本当はもう、収録の日時も決まっている。

 来週――七月第三週の木曜日。終業式のあと、撮影に直行する予定だ。

 ちなみに、撮影場所は廃校になった小学校らしい。

 怪談のテーマも場所に合わせて「学校」と決まっており……今日の配信は、そのために厳選した学校怪談のボツネタ供養をねていたというわけ。


「いつものような生配信ではなく動画でのコラボとなりますから、そこはお間違えのないようにしてくださいね。詳細についてはまた後日、改めて告知させてもらいます。それでは、闇に魂を惹かれたフォロワーのみなさん。また来週、怪奇と幻想の世界でお会いしましょう。よければチャンネルフォローと『いいね』ボタン、お願いしますね。……ごきげんよう」

「ばいばーい」


 * * *


 配信を終えたわたしは、帰宅するひかりをマンションの廊下まで見送っていた。


「じゃあ、木曜に」

「うん。……ぼく、なんかドキドキする」

「わたしもよ。……まあ、あんまり気負い過ぎず、平常心を心がけましょ」

「そうやね。じゃあ、ばいばーい。……あれ?」


 きびすを返しかけたひかりの表情が、ふとくもる。

「なんか、今日はえらいすごく電車が多かたいねえおおいんだねえ。さっきからカンカンカンカン、何度も踏切の音ばしとーばってんしてるけど


 ……踏切ぃ?


「別にこのへん、電車なんて通ってないけれど……聞き間違いじゃないかしら?」

「あれ?」


 わたしは物心ついたときからこのマンションに住んでいるけれど、電車の音が聞こえてきたことなんて、一度もない。

 ひかりは一瞬、大きな目をぱちくりさせると、首をかしげる。しばらく無言でそうしていたけれど、


「……そうかもしれんね。じゃあバイバイ!」


 結局、何も聞こえなかったのだろう。

 軽い足取りで、徐々に青みがかってゆく夕闇の向こうへと去っていった。

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